――この街で、人は生きているのです――
「北の街」は小さな街でした。
冬になれば雪に埋もれてしまう街です。
それでも、街には、宿屋と港があって、よその街からのお客さんが訪れることもありました。
港から、少し奥に入った宿屋までが石畳の一本道で、この街の家々は、一本の道に沿って、お互いが寄り添うようにして建っていました。
ひっそりとした街でしたが、この街には、この街にしかないお店もあって、そのお店を訪ねて、お客さんが来るのです。
このお話は、そんなお店のひとつ「風使いの部屋」と、少し離れて建っている、「似顔絵屋」の物語です。
ある夜、この街に着いた船には、三人のお客さんが乗っていました。
そのうちの一人が、宿屋に向かったのです。それは、少しばかり年を取った女の人でした。
その人は、宿屋のドアをたたきます。
「お泊まりですか?」
宿のおかみさんの問いかけに、女の人は答えず、少しだけ顔を伏せます。
その様子を見て、おかみさんは、いつもそうしているように、静かに答えます。
「そうですか……屋根裏部屋には、そちらのドアをどうぞ」
宿の人がそう言うと、女の人は、屋根裏部屋に向かうのです。
屋根裏部屋は、「風使いの部屋」でした。
「北の街」には、一軒だけの宿屋があって、屋根裏部屋には風使いがいる。それは、このあたりでひっそりとささやかれている噂です。
風使いは、風の声を聞くことができて、今はここにいない人がどんな暮らしをしているのか教えてくれるというのです。
「いらっしゃいませ」
少しばかり、おどおどとした様子で入ってきたお客さんに、風使いが話しかけます。
「はい――あの、あなたが?」
「ええ、私がこの街の風使いです」
風使い――名前は、キラというのですが――が、思ったよりも若くて、女の人は少し驚いたようです。
「本当に、ここで、人を探してもらえるのでしょうか?」
「いいえ、誰かを探し出すことは、私には無理です。ただ、その人が、どこで、どのように暮らしているかを、お教えすることだけです」
「そうですか……ええ、それでも……お願いします」
「どういったご相談でしょうか?」
「息子は……息子は船に乗って出て行ってしまいました。今、どこでどうしているのでしょうか?」
「息子さんは、どういうご様子でしたか?」
キラがお客さんに、何かを尋ねると、お客さんは、それに静かに答えます。
ややあって、キラが窓を開けると、風が舞い込んできます。キラはしばらく風に吹かれると、静かに話すのです。
「息子さんは、南の国でお暮らしのようです。結婚はなさっていないようですが、好きな娘はいらっしゃるようですね。年を二つ越す頃には、お便りがあるかもしれません」
お客さんは静かにそれを聞いています。やがて、「ありがとう」とつぶやくと、帰っていきます。
「お待ちください」
「はい? なんでしょうか?」
「港までお帰りですか? ここから、港に出る一本道の右手に、似顔絵屋があります。お寄りになると良いと思います」
「はい……」
お客さんが出て行くと、キラは慌てて何かを紙に書き付けました。そして、傍らにいる猫の首輪に紙を結わえ付けたのです。キラが合図をすると、猫は、どこかに走っていきます。
猫の行き先は、「似顔絵屋」でした。
似顔絵屋には、一人のおじいさんがいました。
ペペルという名のおじいさんは、猫の首に結わえ付けてあった紙を見ると、急いで、数枚の絵を持ってきました。
どれも、「風使い」を訪ねていったあの女の人に似た、若い男の絵でした。
やがて、あの女の人が、「似顔絵屋」の看板を見つけて、訪ねてきます。
窓際に飾られた絵を見て、女の人は驚くのです。
「この絵は、私の息子……」
と、そう言って。
女の人は、その絵を買って、帰っていきます。
これが、「風使い」と「似顔絵屋」の暮らしです。もっとも、こうしてお客さんが訪ねてくることは、そんなに多くはありません。一年の間に、何人かが、風使いの噂を聞きつけて、この街を訪ねてくるのです。
お客さんも少なかったですし、それに、二人ともそんなにお金をもらっていませんでしたから、普段は、宿屋の手伝いや、港の荷下ろしの手伝いで、暮らしていました。
この街の港に船が着いて、少しばかり寂しそうにした人が乗っていると、所長さんが、二人に連絡をします。
そういう人の中に、風使いを訪ねてくるお客さんがいるのです。だから、所長さんからの連絡があると、風使いは宿屋の屋根裏部屋に、似顔絵屋は自分の店に戻るのです。
「いつまでこんな事を続けるのかしら?」
夜更けた似顔絵屋で、キラがつぶやきます。
「そうだね、ここを訪ねてくるお客さんがいるかぎり、この仕事は続けなくちゃいけないだろう」
ペペルが答えます。
「なぜ? こんなまやかしを……」
「あんまり大きな悲しみがあると、人は生きていけないから」
「でも、嘘はいつか、わかってしまう」
「ああ、でも、今生きてゆくことも大切だから」
「そう……」
新しいお客さんが訪れたのは、それから一月ほどたった風の強い日でした。
初老の夫婦が船に乗っているのに、所長さんが気づきました。その夫婦の様子が少しばかり気になったと言うのです。
奥さんは、疲れていて一人では歩けないようでした。旦那さんが、その奥さんを支えるようにして、船に乗っていたのです。
所長さんから連絡を受けて、キラとペペルは、いつものように、持ち場につきました。
夫婦は、日が暮れる頃になって、屋根裏部屋を訪れました。
「どういうご用向きでしょうか?」
「息子を探してください」
「申し訳ありませんが、息子さんをお捜しすることは、手に余ります」
「できないんですか?」
「はい、どのようにお暮らしかをお教えできるだけです」
「どのようにして?」
「風たちに聞きます。あなたの息子さんを知っている風を探して、そうして、あなたの息子さんのことを聞くのです」
「そうですか……でも、その風に聞けば、どこにいるかがわかるんじゃ……」
「風は、所かまわずに吹くものですから、息子さんのことを知っていたとしても、どこでお会いしたかは覚えてないのです」
「そうですか」
「はい」
奥さんはずいぶんと疲れているようで、旦那さんがキラに話し始めました。
「あの子は、戦に出かけた」
「戦……ですか?」
「そうです」
「失礼ですが、行き先はわからないのですか?」
「はい、わからないのです。隣の国が、その隣の国と戦争を始めたのです。隣の国には、息子の恋人がいましたから、息子は恋人を守るのだと、戦いに出かけたのです」
「では、その国で今でも?」
「それが、わからないのです。最初は隣の国と、その隣の国との国境線の小競り合いでした」
「息子さんは、国境地帯に向かわれたのですね?」
「そうです。でも、戦場はすぐに広がりました。国境から離れて、敵の国の奥に向かうと、息子から便りが届きました」
「いつのことですか?」
「それから、三年ほどがたちます」
「それから、様子がわからないのですね」
「はい」
そのあと、キラは夫婦に、もう少しあれやこれやを尋ねます。身長だとか、髪型だとか、目の色だとかを。そして、キラは、いつものように窓を開けるのです。
いつにもまして強い風が吹き込みます。それは、遠くの国の戦場の激しさを物語っているのかもしれません。
時間をかけて、風の声を聞いたあとで、キラは話すのです。
「激しい戦いがちょうど終わったところです。息子さんは、海での戦いを終えたところです。もう少し……一年ほどすれば、次の便りが届くかと思います」
「息子は生きているんですね」
叫んだのは奥さんでした。
「……はい」
キラは、答えました。
そして、いつものように、その夫婦の帰り際に、「似顔絵屋にお寄りください」と、言葉をかけました。
キラは急いでメモを書き、そして、猫を似顔絵屋に向けて送り出したのです。
あとは、ペペルがいつものようにやってくれることでしょう。
夜が更けてから、キラは、ペペルのもとに向かいました。
「今夜はつらかった……とっても」
キラが話しかけます。
「ああ、そうだね」
「隣の国の戦いって、あの、カナリヤ渓谷の戦闘――よね、きっと」
「多分、そうだろう。三年前だと時期もあっている」
「あの戦場で、生き残った人なんていなかったわ」
「ああ」
「なのに、一年たったら便りが届くでしょうなんて、私言ったのよ」
「ああ、それが風使いの仕事だ」
確かに、それが、風使いの仕事なのです。
悲しみに押しつぶされそうな人が、なんとか、押しつぶされないで済むように、「風の言葉」を伝えるのが、キラの仕事です。
「ペペルは……絵を渡した?」
「もちろん、渡したよ」
「いい絵があった?」
「あった。キラがちゃんとメモを作ってくれたから、ぴったりの絵を探すことができた」
「そう。でも、なぜ、いつでもぴったりの絵を探すことができるの?」
「風使いを訪ねてくる人の思いには、そんなにたくさんの種類がないからさ」
「え?」
この街の歴史によれば、似顔絵屋が始まったのは、三百年ほど前のことです。
その頃、この、「北の街」でも、大きな戦争があったのです。
戦争が終わった頃には、たくさんの人がいなくなっていました。離れてしまったり、いなくなってしまった人の面影を近くに置いておきたい、そういった人々のために、絵を描き始めたのが、似顔絵屋の始まりでした。
ただ、似顔絵屋とはいっても、モデルさんの顔を見ながら絵を描くということはできませんでした。
誰かが、面影を残したいと思ったその人――多くは、息子や夫でした――は、もういなかったのですから。
最初の似顔絵屋は、絵を描いて欲しいと、そういう人とあれこれを話しながら、面影を絵に描いたのです。
「だからね、キラ」
「なに?」
「人は、見たいと思ったものを、絵の中に見つけるようになる」
「思い出だから?」
「そうだよ。似顔絵は、モデルにそっくりじゃなくてもいい。モデルの様子を思い出させるような絵なら」
似顔絵屋にある絵は、似顔絵屋の最初の時代、こうして、お客さんと話しながら描いていたのです。でも、やがてお客さんが来る前に絵を描いておくようになりました。そうすれば、時間をかけて絵を描くことができましたから。似顔絵屋はたくさんの絵を描きました。誰が来ても、似た絵が見つかるように。そして、それ以上に、モデルの様子――何をしているかや、周りの風景や――を、大切に描くようになったのです。お客さんも、そういう絵の方を喜びました。
「人はね、自分が見たいと思ったものを見るようになっている」
「でも……」
「本当は、あの夫婦の息子に本当にそっくりの絵はないかもしれない。あの夫婦にとって、息子にそっくりだと思える絵ならいい。海辺から帰ってくる絵とか、ふるさとと似た場所で暮らしている絵とか」
今は、ペペルが似顔絵を書いています。お客さんのいない間に絵を書きためておくのです。
そして、キラもペペルに教わって書くことがあります。
似顔絵屋には、肖像画――本当に顔だけの絵――が何枚かあって、キラは、それをもとに、周りの様子だとか、いろいろな暮らしの様子を書き加えるのです。
「大切なことは、キラ。あの絵を選んだのはお客さんだということだ。キラのメモを見て、わしは、似ていそうな絵を何枚か出しておく。でも、その中に、そっくりだと思える絵を見つけ出すのは、お客さんなんだよ」
「何から何までまやかし?」
「そうかもしれないな。でも……」
「でも?」
「あの人、あの奥さんは、少しだけ元気になって帰っていった」
「それは……そう……だけど。でも、たった一年だわ。私はそう言ったから。一年たったら便りが届くでしょうって」
「多分、もっと長いだろう。人は、そう簡単にはあきらめない」
「残酷な話ね。嘘の話を、あきらめられないから信じ続けるだけ」
「ああ、でも風使いの言葉がなければ、元気になれない人もいる。だから、まだ、今は風使いが必要なのさ」
「今は?」
「そう、誰も風使いの言うことなんか信じなくてもよくなる、そんな時が来るまで」
ペペルはキラの叔父に当たる人でした。
キラがちょうど十歳の時、キラの両親が事故で亡くなって、その時に、キラを引き取ったのがペペルでした。
その頃、ペペルが風使いをしていました。
キラを引き取ったペペルは、その頃、キラにいろいろな――たくさんの用事を言いつけました。
街の人は言いました。ペペルときたら、キラの両親が亡くなったのを良いことに、まるで、キラを召使いのようにこき使っているじゃないか……と。
キラは、今でもその頃を思い出すことがあります。そして、思うのです。
あの頃ペペルが自分のことをこき使ってくれて助かったと。そうでもしてくれなきゃ、そうして、日々の忙しさに追われていなかったら、多分、悲しみに押しつぶされていただろう。
ペペルはそういう人だ、街の人にどんなに悪口を言われたとしても、それにはかまわずに、本当に自分のことを思ってくれていたんだと。そして、キラは突然気づいたのです。
――ペペルは私のことをだまさなかった。
両親が事故で亡くなった時、まだ子供だったキラに、街の人はこう言ったのです。
「お父さんとお母さんは、急な用事ができて、帰ってくるのが遅くなるそうだ。次の春まで待っていておあげ」
そんな中で、本当のことを言ってくれたのは、ペペルでした。
「キラ、おまえの両親は、雨見の峠で亡くなったそうだ。おまえは、今日から私の家で暮らしなさい」
それは、風使いのやり方じゃない。街の人々がどんなに非難しても、私が「嘘でしょう?」と泣き叫んでも、ペペルは、本当のことを伝えてくれた。「風の声」なんかじゃなくて。
「それは……」
ペペルは答えます。
「キラのことは、わしが面倒を見ることができたからな。その時、キラのことは最後までわしが責任を持つと、そう決めたのさ」
「だから、本当のことを――両親が亡くなったことを正直に教えてくれたの?」
「ああ、悲しいことは、正面から乗り越えるに越したことはない。それにな、キラ。おまえは悲しみを乗り越えられるだけの強さを持っていた。少なくともわしはそう感じた」
「私のことをそんな風に?」
「まだ子供だったが、それでも、ずっと知っていたからな、キラのことを」
「ペペルもそう思ってるんだ」
「どういうことかな?」
「やっぱり、『風の言葉』なんて言って、嘘を伝えるなんて間違っているのよ。だから、ペペルは私にはそうしなかった」
「ああ、キラにとっては、本当のことを言った方が良かったと、今でも思っている。でも、ここに来るお客さんたちを追いかけていって最後まで面倒を見ることはできないからな」
「だから……」
「ああ、風使いの仕事は、わしたちにできる一番良いことだと思っている」
ペペルが風使いをしていた頃、ハルカというお婆さんが、似顔絵屋をしていました。その前は、ハルカが風使いで、別の人が似顔絵屋をしていたと言います。
そして、今度はキラが、ペペルに風使いの仕事を仕込まれたのです。
訪ねてきたお客さんが話すことを、どう聞いたら良いかとか、風の声を聞く仕草とか、そうして、どういう答え方をしたら良いかと、そういうことを教え込まれたのです。
もちろん、似顔絵屋に送るメモの取り方もしっかり教え込まれました。
その頃、ペペルはよく言っていました。似顔絵屋は、ちょっと勉強すれば誰でもできる。だから、似顔絵屋がいなくなっても、すぐに替わりは見つかる。
でも、風使いは難しい仕事だ。だから、キラ、よく勉強しておきなさい。風使いがいなくなったら、替わりの風使いはすぐには見つからない。
こうして、この街の風使いは、受け継がれてきたのでした。
キラとペペルがそんな話をしてから一週間ほどたった、風のない日のことでした。この街には珍しく、よく晴れた――そして、空気の乾いた暑い日でした。
所長さんからの連絡もなくて、キラは、宿屋の手伝いをしていました。
昼過ぎに、女の人が突然、宿屋に飛び込んできました。そして、キラを見つけると、叫んだのです。
「あんた、三年もたてば新しい便りがあるだろうって、そう言ったわね。あれから五年たった。私は三年便りを待ち続けた。ああ、三年が過ぎてもあきらめなかった。私は、便りを待ち続けたんだよ」
「風が――風はそう伝えていました」
「なにが、風が伝えただよ。よく言たものだね。あの子は、あの子はね、死んでたよ。もっと前に」
「そんな――」
「どうしてくれるんだ。私は――私は五年も待ったのに。何も知らずに」
「風が――」
「まだ言うのかい。おおかた、笑ってたんだろう、私のことを。でっち上げの話をありがたがって帰っていった馬鹿なやつだって」
「…………」
「なんとか言いなさいよ」
それだけ言うと、女の人はキラのことを殴りつけ、そして帰っていきました。
「とうとうキラも殴られたか」
「とうとうって、ペペルも殴られたことがあるの?」
「ああ、風使いは殴られる。そうしたものだ」
「損な役回りね」
「ただ、わざわざ風使いを殴りに帰ってくる人は少ない」
「そうね」
「風使いに、悲しみを取り去ることはできない。悲しみから目を背けさせるだけなんだ」
「そうね。確かに、時間がたてば悲しみを忘れられる人はいるでしょう」
「風使いが話した物語を糧にして、我慢を続ける人もいる」
「悲しいこと……」
「そして、中には、風使いの嘘に気づいてしまう人もいて、その中には、誰かを憎むことでやっと安心できる人もいる」
「そういう人のために、私は殴られるわけ」
「ああ、そういうことだ。何年も前から、そういうものだ」
この街に似顔絵屋が現れた頃、風使いはまだいませんでした。人々は、似顔絵屋から買う絵だけで、いなくなった人を偲んでいたのです。
でも、やがて、もっと深い悲しみを抱えた人が出てきました。その人たちの悲しみは、一枚の絵だけでは、なくせませんでした。いなくなった人が、今どうしているのか、悲しみに押しつぶされそうな人には、物語が必要になりました。そうして、この街に風使いが生まれました。悲しみを抱えた人に、似顔絵だけではなくて、物語を渡すために。
キラは、ペペルから風使いを継いだのです。
「キラ?」
「なに?」
「どうして、風使いと似顔絵屋の二人が必要なのかわかるかな?」
「どうしてって?」
「風使いが似顔絵を選んだ方が、簡単だとは思わないかな?」
確かに、お客さんの様子をメモに書いて、似顔絵屋に渡すよりも、風使いが何枚かの絵をお客さんに見せて、その中から、お客さんに選んでもらった方が簡単です。メモを書いて傍らの猫にそれを届けさせることだって、やってみると、ずいぶんと大変でした。
「そりゃ、『帰りに寄ってみなさい』って言われて、来た似顔絵屋に、偶然そっくりの絵があったら、とっても神秘的だもの」
「そうだな。嘘をつくのは大変なことだ。だからこそ、せめて精一杯の嘘を作るわけだ」
「いい話じゃないわ」
「でも、ばれない嘘ばかりじゃない」
「殴り込んでいる人がいるわけだし……」
「偶然に通りがかった似顔絵屋で、探している人に、そっくりの絵が見つかるなんて、できすぎていると思うだろう?」
「そうね、確かに」
「だから、誰かが風使いのことを疑ったら、嘘がわかるようになっている。まず、思うわけさ、『あいつらは、ぐるだ』ってな。それがきっかけになって、あの人たちは、風使いを呪う。それで、やっと悲しみに押しつぶされずに済む」
「そんな……」
「今はここまでしかできない。わしらにはな」
話し終わって、宿屋に帰ったキラは思います。
これからもお客さんは訪ねて来るから、私は、風の声を聞かなくちゃいけない。
今はここまでしかできないから、こんなやり方は間違っていると、そう思いながら、私は風の声を聞く。
でも、もしかしたら、私はもっと別のもになれるかもしれない。
三百年前、大きな戦争の後で、人々の悲しみを抱えた誰かが、似顔絵屋になった。
そして、それよりも、もっと大きな悲しみがあることを知って、誰かが、風使いになった。
風使いのもとには、たくさんの悲しみが集まってくる。だから、私はもっと別のものになれるかもしれない。悲しみをうまく消し去ることができる、何かに。
だから、これからも、私は風の声を聞く。お客さんの悲しみと向かい合いあって。
ふと、キラは風に耳を傾けます。まるで、風のささやきを感じ取ろうとするように。
Fin.