バトンを……

夏の地区大会。中学二年生女子の百メートル走で、私たち三人は揃って決勝に残った。
そして、次は、中学三年女子。明菜先輩が走る。
結果――だめだった。トップに一秒ちょっと差をつけられて、最下位。
そう、これが物語の始まり。
おっと、明菜先輩の名誉のために言っておくと、明菜先輩は、そもそも百メートルの選手じゃない。ジャベリックスロー(中学生版の槍投げね)の選手。県下でもトップの実力。そもそも、百メートルを走るのがおかしいわけ。
私たち、北中陸上部、二年女子三人組は、自慢じゃないけど速い。成績は前に書いたとおり。一年の時は、一年三人と、三年生の先輩一人の百メートル走四人組で、四百メートルリレー・地区大会を制覇。県大会も三位に食い込んだ。
でも、今年、一年生が入ってこなかった。今の、二人しかいない三年生は、長距離とジャベ。いくら何でも三人でリレーは走れない。
そこで、夏の大会で、明菜先輩が、リレーに加わってくれることになった。試しにと、走った百メートルの結果は、書いた通りね。
それでも、リレーは四人で走る競技。一秒ちょっとも、残り三人で割ったら、〇・五秒よ。トップは無理でも決勝には潜り込めるだろう。

リレーの招集がかかる。
「ごめんね」と、明菜先輩。ううん、そもそも先輩がいなけりゃ、リレーを走ることだってできない。それに、知っている。ジャベの練習の合間を縫って、スタート練習をしていたこと。
明菜先輩は、第一走者。短距離の選手じゃないとスターティングブロックは使い慣れてないし、スタートの駆け引きも苦手。だから、先輩が第一走者というは、どうなの? とも、思った。でも、第一走者は、唯一バトンを「受けなくてもいい」選手だ。
試合までの時間も限られているし、バトン受け渡しのリスクを避けて、第一走者になってもらった。
スタートのプレッシャーに負けずに、お願い、がんばって。

そして、今、私たちはトラックの上で、スタートの時を待っている。私は最終走者。
そのとき、私は気づいた。トラック競技(走るやつね)と、フィールド競技(つまりは、その他の競技)はバラバラに行われる。で、確かジャベの招集時間とリレーの決勝戦は重なっているはずだ。もちろん、リレーとジャベの両方出場しちゃいけないなんて言う決まりはない。だから、招集時間に間に合わなくても、リレーに出ていますと言えば、もちろん、出場できる。
でも、招集から競技開始までは、コンディションの最終調整をする、とっても大切な時間。
リレーの決勝を走るとすれば、明菜先輩は、その大切な時間を失う。
私たちは、決勝を走るべき? 走っても良いんだろうか? 私たち三人のために、リレーに出てくれた先輩から、そんなに大切な時間を奪っても良いんだろうか?
一方で、決勝まで行けると決めつけてこんなことを悩んでいるなんて、何て傲慢なんだろうと思う。
もう一人の私は、「そんなにまでしてリレーに出てくれた先輩に、失礼じゃない? ベストを尽くさないなんて」とささやく。
スタート。一走明菜先輩は、さすがに、八位。でも、すごい、七位と僅差でバトンを渡す。
この大会で、先輩は引退する。だから、私たちは三人にもどる。今年最後のリレー。
二走、瑠菜。バトンを受けると同時に七位。そして、五位まで順位を上げる。
先輩にとっては、中学最後のジャベ。
決勝の出場権は、各組二位まで、プラス二組。三走の亜矢は三位と僅差で、走り込んでくる。次は私の番。
バトンを最高のタイミングで受ける。私は、三位に上がったのを感じる。このまま走れば、もう一人抜ける。
でも、このまま走り抜けるの? 本当に? ううん、走らなきゃ、でも。
そのとき、私は聞いた。
「行け、走れ、杏奈!」――明菜先輩……。
私は、もう迷わない。

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
『バトンを……』 by 麻野なぎ
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(licensed under a CC BY-SA 4.0)

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Nagi -- from Yurihama, Tottori, Japan.
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