夏休みが始まった。
中学校最初の夏休み。
油断しちゃいけない――と周りはいうけれど、受験勉強に邁進するというほどでもない。
クラブ――四月に始めたばかりのテニスは、もちろんレギュラーにはほど遠いけど、逆に命がけの練習をするほどのことも無し。
もちろん、それなりにまじめに練習はする。テニスは好きだから。
それと……自由研究。
自由研究がなければ、夏休みは天国、とは言わないにしても、自由研究がなければ、かなり、気持ちは楽。
でも、実は、もう自由研究の題材は決まっている。これだけでも今年の夏休みは楽勝に近い。
「車いすから見た街――危険な場所マップ」
これがタイトル。
去年、「車いす体験」というイベントがあった。介護士をしている母親が関わっていたせいもあって、なんだか無理矢理参加させられた。
参加したのは無理矢理だったけど、車いすに乗ってみて、ぼくはびっくりした。
イベントは市立体育館で開催されて、ぼくたちは、体育館の中と周りを少し、車いすで回った。もともとこの市立体育館は、バリアフリーがウリで、車いすで移動しやすいようにできている。
だから、ぼくは、気楽に考えてた。それが大失敗。確かに階段を通らずに一周できた。でも、スロープだって、実は(当たり前だけど)坂道だし、曲がり角が急で車いすが回らないし、ぼくたちは四苦八苦して帰ってきた。これで、バリアフリーだなんて。
体育館の周りだってこんなに大変なんだ、もう少し外に出たら、どんなことになるだろう。
それが、自由研究の動機。
先生や、母親にも受けがいいだろうという計算も少しあったけどね。
そんな夏休みが始まって、数日が経ち、ぼくは母親が勤めるケアハウスに向かった。
母を通じて、自由研究のために車いすを借りたいと申し込んでもらって、今日から、いよいよ、車いす体験が始まる。
少し緊張してケアハウスの玄関を入る。
去年のイベントで知り合いになった所長さんに挨拶をすると、さっそく車いすの説明。
係の人が説明をしてくれて、では、乗ってみましょうということになった。
車いすに乗って、ゆっくり歩いてみる。
ふと気づくと、向こうに車いすの女の子がいる。多分、同い年くらいだろう。
あれ?
でも、なぜ、ケアハウスに女の子が? ケアハウスというのは、いってみれば、老人ホームの一種だから、子供が入所しているのは変だよな。ぼくと同じ車いす体験者だろうか? そんなことを思っているうちに、彼女はどんどん近づいてきた。
なんだか、ぶつかりそうになって、よけようとしたところで、彼女は本当にぶつかってきた。
車いすがよろけて、ぼくは放り出されてしまった。
「危ない、ああ、けがはなかった? まあ、もう少し慣れれば、転んだりすることもなくなるわよ」
これは、説明をしてくれたおばさん。
「あら? ごめんなさいね」
しらっというのは、ぶつかってきた女の子。どうやら、彼女がわざとぶつかってきたなんて、誰も思っていないようだ。
「ちょっと待てよ」
ぼくは、小声で(でも、結構迫力あったとも思う)呼ぶ。
「わざとぶつけただろう」
「ううん、ちょっとよけきれなかったの、ごめんね」
「嘘を言うなよ」
「ふうん。あんた、歩けるんでしょ? 歩けるくせに、車いすなんか乗るんじゃないわよ」
「なんだって」
周りのおとなたちに気づかれないように、けんかするのも大変だ。
「こちらね、尚人君。自由研究で車いす体験をするそうなの。そして、実際に街を歩いてみたいということでね」
おばさんが、のんびりと説明する。
「そう、車いすのこと、いろいろと教えてあげようか。私、夕祈っていうの」
突然猫をかぶって、彼女が答える。
「そ、そう、ありがとう」
そう答えるしかない。
「じゃ、食堂でいろいろ教えてあげる」
ついさっき、「車いすなんか乗るんじゃないわよ」と凄んだ女の子とは、とても思えない。
彼女はそのまま、向こうの部屋に移動を始める。ぼくも(ゆっくりだけど)ついて行くしかないじゃないか。
「で、何が知りたいわけ?」
もとの調子に戻っている。
「いや、別に、これといって」
「なによ、自由研究に選んだんでしょ。そうね、私のことなんか、車いすでどうにかこうにか歩くだけだとでも、思ってる?」
「どうにかこうにか、なんて思ってはないけど……」
「じゃ、鬼ごっこしようか?」
「鬼ごっこ?」
「そう、私が車いすで逃げるから、あんたが追いかけるってのはどう? もちろん、あんたは、自分の足で走ればいいわ」
「それじゃ鬼ごっこにならないんじゃ……」
「ほうら、車いすのこと馬鹿にしているでしょ。どうにかこうにか歩いてるんだって」
いうが早いか、彼女は壁に向かって移動した。
ぼくは、ちょっと不意を突かれたけど、すぐに彼女を追いかけ始める。
速い、彼女は。速いだけじゃなくて、ちょこまかとめまぐるしく動き回る。
ぼくは知っている。車いすで曲がるなんて、ちょっとやそっとでできることじゃない。
なのに、彼女は机の間で、壁際で、めまぐるしく動き回る。
ときには、ぼくが追いつくのを待ち構えて、寸前のところで、ぼくの前をすり抜けたりもする。
ここは冷房がきいているはずなのに、汗ばんでくる。
やがて、ぼくは疲れてしまった。
「どう? 私の勝ちでいい?」
「ああ、とても捕まえられない」
「そうでしょ、ちょっとは見直した?」
「ああ」
「じゃ、次は腕相撲でもやってみる?」
「ちょっと待ってよ。女の子と腕相撲って」
「あら、やってみなきゃわからないわよ」
「じゃ、いいけどさ」
まだ、少し疲れていたけれど、腕相撲なら相手にならないだろう。
彼女が(車いすに乗っている関係で)からだが動かないように、テーブルの隅で車いすを固定するのを待って、ぼくたちは、腕相撲を始めた。
今度こそ、楽勝。
ところが、彼女は強い。
一気に勝負をつるつもりでいたけど、なかなか勝てない。
彼女は、本当に粘る。
それでも、長い時間を掛けて、なんとか、ぼくは勝ちを収めることができた。
「負けちゃったか。まあ、いいわ、一勝一敗で」
「でも、強いね、君は」
「ありがと。そうね、足が駄目だとね、腕で補うしかないのよ」
「え?」
「あ、いいわ。気にしなくて。でも、車いすのことわかったでしょ。あんたがちょっと乗ってみたいっていうくらいで、乗りこなせるものじゃないってこと」
「ああ……」
「じゃ、いいわ、それで」
彼女はそこまで言うと、その場を離れた。
ぼくは、その日の予定通り、ケアハウスの周りを少し回った。
彼女――夕祈のことを少し気にしながら。
翌日。
午前中は、テニスの練習。
うちの学校は、テニスに結構力を入れている。なんといっても、中学校で硬式テニスをやっているのは、まだ、そんなに多くはない。
時々、市内のテニスクラブに出かけて練習をする。夏休みは、ほぼ毎日テニスクラブに行く。
その日は、基礎練習と、そして、最後の一時間で練習試合。練習試合で、ぼくは初めての勝利を収めた。
と、そこで彼女を見かけた。
彼女は車いすのまま、ぼくの方を見ている気がする。ぼくに気がある? だから、意地悪を仕掛けた?
まあ、それはないだろうけど。
でも、彼女はこんなところで何をしているんだろう?
彼女のことを、少し気にしながらも、どうにか練習も終えて、ケアハウスに向かう。
幸いにケアハウスはここから近い。
だから、母親と一緒に昼食を食べて、そのまま、午後の「車いす体験」というスケジュールだ。
テニスコートを離れると、彼女が話しかけてきた。
「ふうん、テニスやるんだ、あんた」
「いいだろ、別にテニスやったって」
「実はね、私もテニスやるんだ」
「え? 君が?」
「あら? 信じてない?」
「だって……」
「試合してみる?」
確かに彼女はラケットを握っている。
「ちょっと待って……その、他流試合は禁止だから」
「逃げるんだ」
「おい……って、逃げないよ。あ、でも、いくらんでも、クラブの先輩たちが見てるところじゃできないから」
「午後は?」
「それなら……」
「じゃ、決まりね」
母親と昼食を食べながら、ぼくは、夕祈がテニスをやるなんてことがあるのか? と、尋ねた。
母は、「車いすテニス」のことを教えてくれた。そして、夕祈がかなりの強豪だということも。
九歳の時に、手術の失敗から足が動かなくなった夕祈は、リハビリのつもりで始めたテニスで、ぐんぐん腕を上げたということだ。
車いすテニス――車いすに乗った人と、健常者の間で、普通に試合ができるように考えられている。
普通のテニスとルールが違うのは、ひとつだけ。車いすのプレーヤーは、ツーバウンドでボールを打ち返せばいい。
そのほかにも、車いすの取り扱いで少し細かなルールがあるけれど、それ以外に普通のテニスと差はない。
そういった知識を仕入れて、ぼくは、テニスコートに向かった。
彼女がラケットを抱えて待っていた。
「ルールの説明をした方がよさそうね、初めてなんでしょ?」
「いや、大丈夫だと思う……母さんに教わってきたから」
「そう。それなら大丈夫ね。始めましょうか。なにせ、県大会でベストフォーから落ちたことがない名門校のテニス部員だものね」
「それ……知ってて言ってるよな」
そう、ぼくたちの学校が創部以来、県大会でベストフォー以上だというのは、本当のことだ。でも、それを言うなら、硬式テニス部のある中学校は、県下で六校しかないというのも言っておかなければならない。
そうこうするうちに、ぼくたちは、それぞれのコートにつく。
夕祈は、車いすでどんなテニスをするんだろう。確かに、「車いすテニスと通常のテニスのプレーヤーは一緒にゲームができる」ということだった。
でも、そんなことができるんだろうか?
テニスというのは、思った以上に運動量が多い。ボールを追いかけて全力疾走をしなくちゃならない場面は多い。夕祈は、車いすでどうやって追いつくんだろうか?
夕祈は、いつもと違った――テニス用の車いすに乗っている。多分、走りやすかったりするのだろう。でも、本当に追いつけるのだろうか、ボールに?
それに、夕祈は、つまり、女の子で、ぼくとでは、体力の差はあるはず。それなのに、夕祈はどんな試合をするというのだろう?
一方で、ぼくは思い出した。車いすで絶え間なく動き回った夕祈のこと、そして、体力差なんてまるで感じさせなかった腕相撲のこと。
ぼくが、サーブを取って、いよいよ試合が始まる。
最初のサーブは右サイドの深いところ。そこまで走れるか? そういう思いを込めて打ち込んだサーブ。
ところが、ぼくが打つ前に、夕祈は動き始めていた。完全に読まれている。
落下地点に待ち構えた夕祈は、ワンバウンドでレシーブをよこした。
「遠慮はいらない」
そう、ぼくは思った。
夕祈が返したボールを、逆サイドに返す。今度も、夕祈はそれを予想していたらしく、やはり、ぼくがボールを打つ前に、移動を始めた。
今度は、ツーバウンドでリターン。
それが、ネット際にきれいに落ちる。
一本取られたか。
ぼくはワンバウンドでボールを返さなければならない。夕祈はツーバウンドでいい。最初、これは、ちょうどいいハンデだと思った。車いすだと、そんなに速く走れないから、ツーバンドまでOKなのかなと。
けど、試合を続けるうちに、これは、単に、「車いすの選手に気を遣った」というハンデではないことがわかった。
ツーバウンドでボールを返せばいい。でも、ツーバウンドめは、大抵、コートの外だ。普通のテニスなら、ツーバウンドのボールなんて、もう追いかけない。コートの後ろ、ベースラインを超えてバウンドすれば、どちらにしても、そこで終わる。
でも、夕祈はツーバウンドのボールを、さらに、追いかける。バックコートもベースラインも、夕祈の移動には関係ない。だから、夕祈の移動距離はとてつもなく長い。
しかも、夕祈は、追いついたボールを、コートから、かなり遠くから打ち返すことになる。夕祈は、その距離から、正確にぼくのコートに返してくる。
まずい、本気でやらないと負ける。
結局、ぼくは、第一ゲームを落とした。
「まだ大丈夫かしら?」
「ああ、もちろん」
コートチェンジを済ませて、第二ゲームに入る。
気の抜けない試合が続く。
あいかわらず、夕祈の反応は早い。やっぱり、ぼくがボールを打ち返すと同時、ときには、打ち返す前に、もう動き始めている。
そして、ボールを追いかけるというより、ボールの着地点に向かって、一気に走るという感じ。
まさに、夕祈のテニススタイルなんだろうな。
それに引き替え、ぼくは――実際、そんなに、うまいわけじゃないから――どうしてもボールを追いかける感じになる。
どう見ても、夕祈に振り回されているというところ。
夏の日差しの中で、こんなに走り回るのは、初めてじゃないかと、そう思ったくらいだ。
ところが、ゲームの途中で夕祈は突然止まった。
ボールが夕祈の傍らをはねてゆく。夕祈は、全く動かない。
「どうしたの?」
ぼくは、思わず駆け寄った。
「あ、ううん、なんでもないの」
「なんでもない?」
「ああ、私、気づいちゃった」
「どういうこと?」
「私ね、あなたのことを見下してたの」
「見下すって?」
「健常者のくせに、車いすに乗ってる私にも、かなわないじゃない……って」
「うん、そうだね、びっくりした」
「え? そうだね……って、怒らないの?」
「だって、びっくりした。ごめん、『ちゃんと歩けないから、車いすでどうにかこうにか歩くだけ』だと思っていた、本当は」
「やっぱり……」
「うん。でも、本当の君は、ぼくより速く走れる」
「え?」
「だって、ぼくじゃ君のようにはボールを追いかけられない」
「そう……言ってくれるの?」
「だって、なんか変なこと言った?」
「う、ううん、そうじゃないけど」
夕祈は、しばらく目を閉じて何か考えていた。ゆっくりとした呼吸。なんだか、無理にゆっくりと呼吸しているようにも見える。
やがて、深呼吸をすると、夕祈は話してくれた。
裏返しだな……って、思ったの。
私、あなたに見下されていると思っていた。
あなたが、私のことを、「自分では満足に歩けもしない」とそう考えていると。
でも、同じね。
私は、あなたのことを、「満足に車いすも操れない」と思っていた。
自分が見下されるんじゃないかと思ったから、先制攻撃したわけね。
それだけじゃない、私は健常者のあなたに勝てると思った。あなたがテニスの練習をしているのを見てたの。これなら勝てそうだなって思った。だから、試合をふっかけたの。
「続けようよ、試合」
「え?」
「ぼくは、君がそんな風に悩んでいるなんて気がつかなかった」
「鈍感……」
「うん、そうだと思う。でも、知らなくてよかったのかもしれない」
「なぜ?」
「君のようなテニスをする人と知り合えたから」
「そうかもね」
結局、試合は六−二で彼女の勝ち。やっぱり強いや。ぼくは、もっと練習しなくちゃね。
翌日から、「自由研究」を再開。夕祈が一緒に歩いてくれるという。
街中を歩く中、ぼくは何度も車いすを立ち往生させた。そのたびに、どうやって抜け出せばいいのか、夕祈は教えてくれた。
「でも、今の段差なんて、普通に乗り越えられるところよ」
「そりや、君は達人なんだから。初心者だって街を歩かなきゃならないこともあるだろう?」
「そうね、でも、本当は車いすに乗り始めたばかりで、ひとりで歩いたりはしないもの」
「ちゃんと練習してから街に出るわけだね」
「そう……でも」
「でも?」
「私はね、上達がとっても早かったの、車いす」
「そんな感じがする」
「でも、そうよね、車いすって本当はスポーツの道具っていうだけじゃない、決して。だから、本当は違うのかもしれない。まるで、自慢するような態度ってのは……私はこんなに上手に車いすに乗れるのよって」
その後、とても長い間、夕祈は黙り込んでいた。
そのまま、ぼくたちは街中を歩いた。ぼくの車いすが動かなくなるたびに、夕祈は、それでも、ぼくを助けてくれた。
昼過ぎに、ぼくたちはケアハウスに着いた。
「夕祈ちゃんお帰り」
夕祈は相変わらずの人気だ。
そうそう、初めて会った時、なぜ、女の子がケアハウスに? と思ったけれど、尋ねてみると、夕祈は「押し掛けボランティア」なのだと言った。
ボランティアと言うよりは、しょっちゅう遊びに行っていると、そういうことらしい。
「どうしたの? 元気がないね」
さっそく、お年寄りたちに言われている。
「尚人君とけんかでもしたのかな?」
なんだか、おかしな雲行きになってきた。
「ううん、違うの、ちょっと考え事してただけ」
「そうかい、ならいいけどね、夕祈ちゃんは元気が取り柄だから」
「なに? 他にいいところがないみたいじゃない」
「ああ、元気なところも取り柄だね。車いすできびきび動くのは、見ていて気持ちがいいよ」
「え? 見ていて気持ちがいいって、本当にそう思う」
「ああ、元気な子が周りにいるのはいいことだね」
夕祈の表情が、少しだけ、でも、はっきりと明るくなったのがわかる。「私、ここできびきびと動いて、それでいいんだ」と、夕祈の表情が言っている。
「ねえ、また試合しようよ」
つかさず、ぼくは話しかけた。
「今度は負けないから」
「あら、強気ね、でも、今度は遠慮しないわよ」
「遠慮してたわけ?」
「ええ、遠慮してなけりゃ、あんたなんか一ゲームも取れないわよ」
夕祈も調子が戻ってきた感じだ。
その夜、自由研究の構想を考えた。もちろん、まだまだ調べることはあるし、ちゃんとまとめるのはもう少し後のことだ。
でも、少しだけ考えてみた。単に、車いすで危険なところを調べるだけじゃなくて、夕祈が教えてくれた車いすの動き方や、危ないところをどうやって切り抜けているのか。そうして、車いすが、本当はどういうものなのか、もう少し調べた方がいいような気がしてきた。
そういうことを考え直して、また、明日からケアハウスに出かけよう。
そこまで考えをまとめて、今度は、テニスのことを考え始めた。
夕祈は車いすに乗っている。
プレー中に直線で移動するのは、結構速い。でも、軌道修正はちょっと苦手なようだ。
だから、夕祈は、ぼくがボールを打つと同時に動き始める。ボールの落下地点を、正確に、それも、かなり遠くまで追いかけてくる。
そこで、ぼくは気づいた。
ネット際はどうだろう?
もしかしたら、ネット際の細かな動きは、苦手なんじゃないか?
ぼくは、ドロップショットの練習をしようと心に決めた。夕祈に、ネット際のドロップは返せないだろう。
彼女に対して卑怯かな? とも思ったけど、多分、夕祈はそう思わないだろう。
夕祈が一番得意なのが、彼女のテニススタイル。だとすると、ぼくも、全力で夕祈に向かわなければならないのだろう。
夕祈が「車いすで素早く動ける」ということに負い目を感じる必要はない。だから、ぼくも、「自分の足で走れる」ということに、負い目を感じるのはやめよう。
多分、夕祈はぼくのドロップショットを、すぐに攻略して、いつもの、ちょっと生意気な笑顔を見せるに違いない。
その後、今度はどうやって対抗しようか。いいや、それは、またそのときに考えよう。
Fin.