全国あれこれ妖怪事典
【むじな】 [96-10-10]
「またしくじっちゃった」
「今度はどうしたの」
「顔描くの忘れちゃった」
「なんだって?」
「なもんで、のっぺらぼうのできあがり……ってね」
「そりゃ驚いたろう、旅人も」
「驚いたのなんのって……」
「やめなよ、もう」
「やめろって?」
「人間のふりをして、人間に付き合ってもらうなんて、やめなよ」
「うん……でも、村に出たいな」
「どうしてまた」
「どうしても……もうすこしちゃんと付き合えば、人間もむじなを殺したりしな
くなるんじゃないかなと思ってね」
「そりゃけっこうだが、村に近づかなきゃすむことじゃないか」
「それはそうだけど」
「いいか、もう、人間なんかに関わるんじゃないぞ」
「……うん」
――そこに通りかかる別のむじな。
「いたいた……大成功だったな」
「なに? 大成功って」
「いや、旅人の驚きようっていったら」
「別に脅かそうとしたわけじゃないわ」
「いいって、照れなくても。せっかくだからな、おれも村に出て蕎麦屋に化けて
やったよ」
「化けたって?」
「あんたが、のっぺらぼうなてもので脅かすから、おれもな、『それは、こんな
顔じゃありませんでしたか?』って、やってやったら、それはもう、転がるよう
に逃げていったよ」
「気の毒に……」
「何が気の毒なもんか、いいか、あなたの親父を殺したのは誰だ。村のやつらじゃ
ないか」
「それはそうだけど……」
【さとり】 [96-10-10]
「誰? あなた」
「今、こいつは誰だと思っただろう」
「そうよ。だから聞いてるわ。あなた、誰?」
――調子狂うな。
「さとり。さとりだよ」
「ふぅん」
「嫌な奴と出会ったと思ってるだろう」
「別に」
「別にだぁ」
「だって、知らないもん、あなたなんて」
――なんだこいつは。「さとり」と言えば、山では泣く子も黙る嫌われもの。
人の思ったことを次から次と的中させて、いやぁな気分にさせる魔物。
それが、何だこいつは。何で嫌がらない。
「ど……どうだ、山は恐いだろう」
「恐い? どうして?」
「ど……どうしてってだな、人間は山に入ったら怖がるものなんだ。ほら、
なんだか訳のわからない音だって聞こえるだろう」
「ほんと。何の音かしら」
「恐いだろう?」
「だって、おもしろいじゃない、カサカサ・カサカサって。誰が鳴らしてるのかしら」
「あ、あれは天狗だ」
「あなたみたいな人?」
「もっと、恐い魔物だよ」
「魔物?」
「そう、俺はそもそも人間じゃない」
「そう……でも、人間みたいに見えるわ」
「お・俺様をつかまえて人間みたいだと」
「怒ったの?」
「怒るに決まってるだろう」
「どうして? だって、どう見てもあなた人間よ」
「違うってのに」
「違うって……どこが?」
「どこがってな……違うんだよ。俺は人間じゃない」
「ふうん。じゃ、またね」
「またねって、逃げるのか。恐いんだろう」
「だって、帰って夕御飯食べなきゃ。じゃね」
「じゃね……って、おい、まて、ちょっと……」
――行っちまった。
なんだいあいつは。あいつこそ人間か本当に。何で人間が「さとり」を知らない。
なんで、小豆洗いを怖がらない。あいつこそ魔物じゃないのか。
【雪女】 [96-09-29] (宮城県の言い伝えから)
雪道をすれ違った男がひとり。今夜の男も、ひとことも話さずに逃げていった。
しかたないか。私は伝説の雪女。
山は男の世界で、女が立ち入ることは許されないのだそうだ。で、こうして、
山の中をほっつき歩いていて、それでもたたりを受ける様子も無し。結局私は魔性
の女ということになってしまった。
ま、いいけどね。怖がってくれるせいで、畑からあれこれ失敬しても、追いかけ
られることもない。独りきりだから、そんなにたくさんは要らないしね。
それに、こうして私が暮らしているのに、それでも、山に入った女はたたられる
だの、口を効いたら命を取られるだのしか言えないようなお人には、当面用はない
わ。
でも……
村の近くまで来たのは失敗だったわね。
村人は両親を、獣の罠で殺した。まだ幼くて泣いているだけの私を、誰も殺せな
かった。
違うな。村人は誰も殺せなかった。だから獣の罠を使ったんだわ。殺したんじゃ
ない、罠にかかって死んだんだ。
だから、死ぬまでこの村の周りをうろうろしてあげる。
これだけ近くなら、ちゃんと手を下さなきゃ殺せないものね
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Nagi -- from Yurihama, Tottori, Japan.
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