ぼくが、風邪を引いてしまったときのお話です。看病をしてくれる人もいないので、遠くにいる友達に電話をかけたら、ちょっと心配してくれて、仲間に電話をしてくれると言うことでした。
それでも、みんな結構遠くにいるものですから、結局だれも看病には来てくれませんでしたけれど、その日から、ひとりずつ、とっておきのお話をぼくのところに贈ってきてくれたのです。
最後のお話を聞く頃には、風邪も良くなっていました。
そこで思ったのですが、仲間が贈ってきてくれたお話が、あんまりおもしろかったので、ひとりで取っておくのがもったいなくなりました。こんなお話です。
帰り道の途中の小さな公園に、小石が落ちていました。
後で見ると、ごく当たり前の小石なのですが、見つけたときにぼんやり光っていたような気がして、持って帰って来たのです。
いくら見ても、当たり前の小石なので、捨ててしまおうかと思った時、電話がかかってきました。なんでも、その小石はお月様のかけらで、欠けてしまったお月様は、とても困っているということだそうです。
もちろん、そんな話は信じられませんが、なんだかおもしろそうなので、とりあえず、捨てるのはやめにしました。
流れ星に願いをかけることを聞いて育った「あきら」と、人が死ぬと星が流れると聞いて育った「ゆき」が結婚をしました。
知り合って初めての流れ星を見たとき、ふたりは、ふたりして星に祈ったのです。あきらは、ゆきと一緒に暮らすことを祈り、ゆきはゆきで、見知らぬ誰かの死を悼んだのでした。
流れ星を見ることは、それも、一緒の時に見る機会というのは、それほど多くもないので、2人はそのたびに、ささやかな誤解を重ねながら、星に祈りを捧げました。
最後に流れ星を見たのは、あきらの病床でした。
あきらは、自分が逝った後のゆきの幸せを祈り、ゆきは、ありがとうとささやいて、あきらの死を覚悟しました。
いつものように帰り道を急いでいたときのことです。ふと、目の前を女の子が歩いているのに気が付きました。少々夜は更けていたのですが、あわてて帰っても何をするというわけでもありませんから、ちょっとだけ彼女を追いかけてみることにしました。
というのも、ただ、彼女がちょっとかわいらしかったというだけのことではなくて、どこかで見たような気がして、気にかかったからなのです。結局のところどこで会ったものか、あるいは、本当に会ったことがあるのかどうかわからずじまいだったのですが。
そんなことを考えながら、彼女の後ろを歩いていると、突然、彼女は見えなくなってしまいました。どうしたものか、それほど長く歩いたわけでもないのに、あたりの様子もいつもと違っています。
その日は道に迷ってしまい、帰ったのはもう明け方でした。
そんなことがあってから、何か手がかりでもあるかと、彼女を見失ったあたりまで行ってみるのですが、それっきり、道に迷うこともなく、彼女と出会うこともありませんでした。
宛名を書こうとして、いつも困ってしまう。彼女の名前など知らないのだから。
出会ったわけでもない、夢に見ると言うわけでもない。ただ、こうして差し出すあてのない手紙を書き続けている。
日を重ねるうちに、手紙の内容は具体的なものになってくる。それは、別段不思議なことではないけれど、妙に気になったので、「彼女」がどんな女性なのか、もう少しはっきりするまで、手紙を書き続けようと思った。
宛名のない手紙をたっぷり一週間書いた後で、ちょうど新月の夜に、ぼくは、突然宛名を書くことができた。
そう、明日の朝、さっそく手渡すことにしよう。
『さよなら』というタイトルの短い詩が縁で知り合った女の子がいます。特につき合っているというわけでもないのですが、今でも、新しい「お話」を書くと、彼女に送ってみることがあります。
彼女も、割と律儀なところがあって、その度に電話を掛けて来たりもするのです。
お互いにどうというわけでもない話を延々と続け、「おやすみ」の挨拶は、いつも真夜中になるのです……が、そういえば、未だに、「感想」などというものを聞かせてもらったことはありません。
たった5軒のことだったので、それほど大騒ぎにはならなかったのだけど……
駅で拾った女の子を車に乗せて、小さなダムまでたどり着いたときには、あたりは夕暮れに包まれていた。
彼女の故郷はダムの底に沈んでいるのだそうだ。
ときどき思い出して帰って来るくらいで、そんなに深刻な訳じゃないわよ。
横顔の彼女は、決して悲しそうではなくて、懐かしそうと言うのともちょっと違っていた。嬉しそうだというのが一番ぴったりしていたろうと思う。
帰り道で、彼女は庭に咲いていた紫苑のことを話してくれた。なるほど、ダムを埋め尽くした紫苑は、その子ども達なのだろう。
仲間が贈ってきてくれたお話はこれで全部です。いかがしたか?
こんなことなら、またいつか、仮病でも使ってみようか……そんなことを、最近考えているのです。