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あさかぜ急便・すずかけ通り支店

プロローグ

「だから、あたしは、ぼうやとコンビなんて組みたくなかったの。ちょっと、聞いてんの」
「まあ、あねご、誰にでも間違いはあるんだし、そんなにかっかしなくても……」
「おやじさんが、そういうこと言う訳? だいたいね、どこの世界の、すずかけ通りが南町にあるっていうのよ」
「ま、だからだ、多少の間違いってのは……」
「へえ、たんぽぽ通りが港町にあって、あかしや通りが公園町にあるってのが、『多少』なわけ」
「ピピも一生懸命にやってくれてるんだから」
「じゃ、なに、おやじさんは、配達員が一生懸命にやってくれたなら、荷物が届かなくてもいいっての」
「そうは、言ってないだろう……。ま、それに無事に配達できたんだから、その、なんだ……」
「無事に配達はできたさ。あたしはね、百個かそこいらの荷物のために十回も配達に回ったのよ。そんな苦労するくらいならコンビなんていらないわよ」

 ピピは今日も仕分けを失敗してしまいました。
 ここは、いなかにある「あさかぜ急便」のお店です。ピピはつい最近、このお店で働き始めたばかりです。まだ働き始めて少ししかたっていないものですから、仕分けの仕事しかさせてもらえません。それはそれでいいのですが、今日もまた失敗してしまったのです。
 お店に着いた荷物を、ルル……あねごが配りやすいように、宛名を見て仕分けをするのがピピの仕事です。毎日、目を皿にようにして荷物を分けるのですが、今日のように間違って分けてしまうことがあるのです。
 所長は、そのうちに間違いなくできるようになるだろうと言ってくれますが、ピピは、まだまだ自信がありませんでした。

 そろそろ、秋も深まりはじめた日でした。

「で、なんなの、この、『すずかけ通りのララちゃんへ』ってのは」
「なんだ、すずかけ通りならうちの店の担当だろうが、それがどうした」
「どうしたじゃないだろうが、おやじさん。どこの世界に、『ララちゃんへ』で配達する運送屋があるってんだ」
「本社の話じゃ、よその支店には、そんな宛名じゃ配送しないとさ」
「なんだあ、田舎だからって、本社のやつらばかにしてるんじゃないの?」
「はは、おまえさんだよ、原因は」
「原因? あたしが何したってのよ」
「やつらの話じゃな、うちの支店にはあねごがいるから、配送するんだそうだ」
「やっぱり、ばかにしてる」
「まあ、そんなにおこりなさんな。『ララちゃんへ』だけでも、あねごなら届けられる。あねごには不可能はない。そういって、評判なんだそうだ」
「勝手なこと言うんじゃないわよ」
「ま、そういわずに、届てきなよ。待ってるかも知れないぞ」
「この手のは……。しょうがないな。調べてみるか……。ぼうや」
「は、はい、ルルさん」
「『ララちゃんへ』じゃ、時間掛かるの目に見えてるから、他の配達が終わってから届ける。あんた、そのときは、一緒についておいで」
「は、はい、お願いします」
「じゃ、夕方帰ってくるから、それまでに、明日の分の仕分けやっといてね」
「はい」

 ピピは、初めて配達に連れて行ってもらえるというので、はりきっていました。あねごが帰ってくるのを待ちながら、ピピは仕分けをしていました。「ララちゃんへ」と書かれた荷物のことを考えながら。
「ララちゃん」
 名前からすると女の子のようです。お父さんが自分の子どもに何か送ったのでしょうか。いいえ、たぶん、お父さんなら自分の子どもの住所くらいちゃんと書けたのではないかと思います。それでは、一度会ったきりの友達からのプレゼントかも知れません。一度だけ会って、名前だけを知っていて、どうしてももう一度伝えたかったプレゼント。
 それとも、もしかしたら、手にけがでもしていて、「ララちゃん」と書くのがやっとだったのかも知れません。

「やってるな、じゃ、でかけるか」
 夕方になってあねごが帰ってきました。
「すずかけ通りだと結構な数の家があるしね。ぼうや、今日は、遅くなるよ」
「はい」
「じゃ、ララちゃん探しだ」
 言うとあねごは、一軒一軒、ララちゃんを探して歩きました。
「すみません、『あさかぜ急便』のものですが、お宅に、『ララちゃん』というお嬢さんはいらっしゃいますでしょうか? 」
 あねごは、そう言って歩いて回ったのです。
「ララちゃん」が見つかれば見つかるで、
「ララちゃんですね。あの、『南の島の、かもめ通り三丁目、石井ロロ』さんって、ご存知ありませんか?」
 と尋ねます。

 三十軒ばかりの家をまわったでしょうか。あねごとピピは広場でひとやすみしました。
「どう、割に合わない商売でしょう。たかが荷物一つのために、こんなに手間をかけて」
「いいえ、そんなことないです。ルルさん、素敵だと思ってます」
「素敵だって。柄でもないよ」
「いいえ、ぼく、考えたんです。この荷物を出した人はどんな人だったんだろうって。お父さんだろうか、友達だろうか。どっちにしても、『ララちゃん』としか書けなかったんですよ」
「それで、いきなり、配送に出すんだからね」
「いいえ、この荷物を出した人は、届かないかもしれないけど、出さずにはいられなかったと思うんです。そうじゃなけりゃ、『ララちゃん』だけで、届かないかも知れないのに、出したりしませんよ」
「こっちはいい迷惑」
「それで、届かないかも知れないけど、出さずにいられなかった荷物で、本社の人たちも、とうてい届けられるはずがないと思って、それでも、みんなが、『ルルさんなら届けられるかも知れない』って、そして荷物をまかせてくれるなんて、とっても素敵だと思います」
「あたしが、お人好しなだけだよ」
「それは……違うと……」
「まあいいさ。ぼうや、やることはわかっただろう、あんたは、あっちの通りを聞いてきて。あたしは、こっちの通りを続けるから。それとも、先に帰るかい」
「いいえ、とんでもない。じゃ、あっちの通りですね。行ってきます」
「じゃ、いっといで」
 ピピが飛び出すのを待って、あねごはつぶやきました。
「案外、見所はあるか」

 それからピピもあねごも、残りの家をまわりました。ピピは、はじめ、ドアを開ける勇気がありませんでしたが、あねごに教わった通り、いきなり呼鈴を押しました。家の人が出てきて、しどろもどろで、本当は、何を言ったのかわからないような気もしたのですが、どうにか、通りの半分の家を回りました。
「困ったね。『ララちゃん』は結局五人いたけど、ロロって人と知り合いがないんじゃね」
「はい、困りました」
「ぼうや、今、何考えてる」
「え、え、今、ララちゃんってどんな女の子かなって……この荷物を待ってるんじゃないかなって……そんなことを」
「は、立派だよ、ぼうや」
「そ、そんなことは……」
「からかったんだよ。……あれ、あの子」
「え」
「ほら、ベンチに座ってる女の子、ララちゃんに違いない」
「そんな、むちゃくちゃな」
「うるさい。あたしの勘はさえてるの。……ララちゃーん」
 ベンチの女の子は、驚いた様子であたりを見回していました。
「ララちゃん……あなた、ララちゃんでしょう」
「はい、そうですけど、どうして、わたしのことを」
「やっぱり、あなただったんだ。あなたね、ロロさんって、知ってる」
「え、あ、はい、知ってます」
 女の子は、真っ赤になってうつむいています。
「ほら、ぼうや、荷物持っておいで」
 あねごは、ピピと一緒にベンチまで歩いていくと、包みを渡します。
「はい、お届物です」
「あ、あ、どうして、こんなことって、ありがとうございます。こんなところまで届くなんて、なんて、お礼を言って良いか」
「お礼なんかいいって、あたしたち、これが、商売だから」
「そんなことって、あたし、すずかけ通りにいるってだけしか、言わなかったのに。お金無くしちゃって、すずかけ通りにいるって、電話するのがやっとで、どうしようかと思っていたの。よかった、こんなところまで、私を探して、届けてくれるなんて」
「そんなに、気にしないでよ。このぼうや……っと、ピピがね、この荷物はきっと大切な物で、送り主が『ララちゃんへ』しか書けなくて、届かないかも知れないけど、どうしてもださずにはいられなかったんだって、騒ぐもんだから、おつきあいしたの」
「あ、ピピさん。ありがとう。とってもありがとう」
 ピピは、生まれて初めてちゃんとしたお礼など言われたもので、真っ赤になって照れていました。

 しばらくして、あねごとピピはお店に帰ってきました。
「ま、今日の所は、よかったとするか」
「はい、とってもよかったです」
「じゃ、また明日」

 今日は一年の最後の日です。
「あさかぜ急便」は今日も仕事をしています。
 朝からあねごの電話が掛かってきました。
「おやじさん、ごめん、今日、ダウン。なんか荷物ある? 」
「おや、あねごが風邪かい。こりゃ珍しい」
「うるさいな、もう」
「ま、ゆっくりしてな。今日は、おまえさんの担当は一個だけだから」
「一個だけ? いつものやつ? 大晦日に必ず来る」
「そうだ、それだけだ。だから、ゆっくりしてな。たまには、ぼうやものんびりさせてやらないとな」
「ちょっと、それ、どういう意味よ」
「じゃな、お大事に」

 電話のやりとりを聞いていたピピは、今日こそあねごの役にたとうと決心しました。風邪で寝込んでいるあねごの代わりに、荷物を届けるのです。幸い一個しかないということですし、たった一個を1日かけて配るのなら、ピピにだってできるに違いありません。
「あ、あの、所長」
「なんだい、ぼうや」
「ルルの代わりにぼくが配達します、その荷物」
「おい、大丈夫かい? まだひとりで配達したことはないだろう? 」
「大丈夫……だと思います。それに、きっと、みんなその荷物を待ってますよ。みんなが待ってるのに、届けないでおくなんて、嫌なんです」
「そうか……みんな待ってるか……。ぼうや、トラックの運転はできたな」
「はい、できます。『あさかぜ急便』で働きたくて、免許取りましたから」
「じゃ、行ってきてもらおうか。荷造りやら、道順やら準備するから、ちょっと待ってな」
「はい、お願いします」
 おやじさんは、ピピに詳しく道順やら、お客さんに挨拶することだとか、受取にサインをもらってくることだとかを説明しました。ピピは、ひとつひとつうなずきながら、聞いていました。
 そんなこんなで、ピピが店を出たのは、かれこれ、お昼過ぎのことでした。

「あねご、調子はどうだい」
「おやじさんね、それだけのために電話してきたの?」
「いや、ちょっとおもしろい話があってな。例の年末恒例のあの荷物な、ぼうやがおまえさんの代わりに配達したいそうだ」
「冗談はやめてよ、人がふせってるってのに」
「いや、冗談なんかじゃないね。ぼうやは今出かけたところさ。あの荷物を大事そうに抱えてな」
「なんだって! このくそおやじ。そこ動くんじゃないよ」
「おいおい、そんなに大騒ぎしなくても、逃げやしないよ」
 電話が切れ、あねごが姿を現したのは、三十分程後のことでした。

「あねご、早いじゃないか」
「うるさい。おやじさん、あんた、あの荷物がなんだか知ってて、ぼうやに配達させようっての」
「ああ。雪は降ってるがそんなに深くはないし、一個だけだ。ぼうやの初仕事には悪くないと思うが」
「あたしは、そんなこと言ってんじゃないの。まあいい、ぼうやのことだから、今からでも追いつけるだろう。あんた、知ってんだろ。あれだけは、ぼうやに配達させちゃいけないんだ」

 そのころピピは、案の定雪に埋まって立ち往生していました。
 六時にはパーティーが始まるから、それまでに届けて下さいと、包みには書いてありました。お店を出たのが、ちょうどお昼でしたから、まだまだ時間はあると思ったのに、初めて乗ったトラックは、道端に積もった雪に飛び込むと、びくともしなくなりました。
 今日に限って誰も通りかかってはくれません。
 そうこうしているうちに、時間ばかりが過ぎて行きます。
 ピピは、とうとう決心しました。歩いて行こう。ピピはトラックをそのままにすると、荷物を抱えて歩き始めました。

 あの日も、こんな雪の日だったっけ。いえ、もっと激しい雪が降っていました。ずっと前のこと、ピピはまだ小さくて、風邪を引いて寝込んでいました。両親がほんのささいな用事で町まで出かけて行き、一日だけの留守番をするはずだったピピが、風邪を引いてしまい、そうして、大雪の夜になりました。
 電車も、バスも、なにもかも動かない夜でした。いくらまっても、お父さんも、お母さんも帰っては来ないのでした。
 その雪の中でピピの所に二人を届けてくれたのが、あねごでした。
 もっとも、その時は、「あさかぜ急便」で働いていた訳ではありませんから、あねごは、今のピピを見ても気づかなかっただろうと思います。でも、ピピの方では雪の夜にお父さんと、お母さんと、それに、おみやげのクッキーを運んで来てくれたあねごを今でも覚えていて、いつか、「あさかぜ急便」であねごといっしょに働きたいと思ったのです。
 ピピは思います。あねごは、バスも電車も止まる雪の夜に、風邪を引いたぼくのために、お父さんとお母さんを届けてくれた。それだというのに、ぼくときたら、これしきの雪で動けなくなって、荷物を一つ抱えている。
 ぼくが、お母さんを見つけたときほど、喜んではくれないかもしれないけど、それでも、パーティーの人たちが、ぼくの届けた荷物を見て喜んでくれると良いな。
 今のぼくには、こうしてたった一つの荷物をえっちらおっちら届けるのが、ふさわしい。でも、きっと、あねごのようになって、誰かの本当に大切な物を運ぶようになってやるんだ。
 ピピは、そんなことを考えながら歩き続けました。

 その時、突然、クラクションがなりました。
「ほら、ぼうや、あんたのことだから、想像はついたけど、まだ、こんなところをほっつき歩いてたのかい。早く乗りな、間に合わなくなるよ」
「あね……ルルさん」
「いい、あねごで。本日ただ今から許す。乗りな、ぼうや」
「は、はい、あ、あねご」
「まったく、こんなところから歩いて行こうなんて、ドジだね」
「すみません」
「でも、ま、ドジだけど、たいしたやつだよ」
「あの……風邪はだいじょうぶんなんですか?」
「ま、いろいろと事情があってね」
 そうこうするうちに、あねごの運転で、トラックは、一軒の家に着きました。
「ぼうや、ちょっと、キー押さえてて」
「は、はい、ここですか? 」
「そう、ちょっと調子が悪くてね、いいか、決して離すんじゃないよ。ちょっとでも気を抜いてエンジン止めたら、今日は帰れないからね」
「は、はい」
「じゃ、届けてくる」

 あねごは、ドアをノックしているようです。家の中の人と何か話しているようでしたが、ピピは、あねごに言われたキーを押さえているのに精いっぱいでとてもその様子まではわかりませんでした。
「お届けものですよ」
「なに、あら、あいつからなの。毎年毎年、しつこいわね、いらないわよ」
「あの、そうおっしゃられましても、当方といたしましては、受け取って頂きませんと……」
「うるさいわね、いらないってのに」
「すみません、こちらも、仕事な物ですから……」
「ほんと、しつこいわね、わかったわよ、はい」
「あの、受取を……」
「いちいちうるさいわね、どこ、サインで良いの」
「有り難うございました」
「もう、こないでね、ごみ箱どこ……これ、捨てて」

 ドアが閉まって、にぎやかなパーティーが続いています。
 あねごは、はなやかな窓明かりのシルエットになって、帰ってきました。
「ほら、もういいさ、ぼうや、帰るよ」
「あ、あねご、あの家の人たち喜んでましたか? 」
「ああ、喜んでたよ。にぎやかそうな様子じゃないか。これでやっとパーティが開けるって、みんなそれは、喜んでた。あんたのことも言っておいたからね、うちのドジが、トラックおっことして、しかたなく歩いて届けようとしたんですよって」
「そ、そんな」
「ま、あんたの初仕事をじゃましちゃったけど、そうだね、そろそろ、ひとりで配達に出してやるか、あんたも」
「え、ほんとうですか」
「でも、これだけは言っとく。仕分けと違って、配達でとちったら、あんたくびだからね、覚悟しておいて」
「は、はい、覚悟……します」
「はは、そうそう、覚悟して配達しな」
「あ、見えてきましたよ、ぼくが落としたトラック。どうしましょうか? 」
「ほっとけばいいさ」
「え」
「ほっとけっての、ま、そのうち、おやじさんがとりにくるわよ」
「そんなんで……」
「いいの、いいの。あ、それから、今度出社したときは、『所長』なんてよぶことはないよ、おやじで充分」
「それはちょっと……」
「いいね、あんた、所長なんていったら、あたしがぶっとばすからね」
 お店に着いたのは、夜遅くでした。
「ぼうや、よくやったよ。どんなものでも、荷物一つには、それを送った人の気持ちが詰まってるもんだよね」
「そうですとも、あ……あねご」
 そう言ってピピは帰った行きました。
 その後も、あねごは、しばらくおやじさんと話していたようでした。

「おやじさん、結局、あたし、甘ちゃんだったのかしら」
「おいおい、あねご、えらくしおらしいじゃないか」
「ぼうやにね、あの荷物のこと言えなかったの。受取人が、まるっきり歓迎しない荷物もあるってことが言えなかったの」
「ぼうやが持って行ったやつだろ」
「そう」
「おまえさんね、なんで、俺がぼうやをやとったかわかるかい」
「わからない。あんなドジ」
「そう言ってやるなよ。ぼうやはね、昔おまえさんに、両親を届けてもらったんだとさ」
「両親を届たって? え、あの、大雪の日の」
「そうさね。人間を配達するなんてことは、そうないからね」
「そう、あのときのぼうや……。それで運送屋にあこがれてかなんか言ったの?」
「そのとおり」
「だったらなんで、雇うんだよ、そんなぼうやを。おまけに、あんなきわめつけの、いっぱつであこがれをぶちこわすようなのを運ばせるなんて」
「まあ、そう、荒れるなよ、あねご。ちゃんとおまえさんがうまくやってくれたじゃないか」
「あたしが何もしなかったらどうするつもりだったのよ」
「おまえさんが何もしなかったら、ぼうやには、これ以上いてもらうのも酷だから、いっぱつであこがれをぶちこわすつもりだった。おまえさんが、ぼうやになつかないものだから、ちょっと芝居をうったってわけ」
「どういうことよ、あたしがぼうやになつかないってのは」
「おまえさんね、そんな鈍感な人間じゃないだろう。ぼうやが、おまえさんや、この稼業にあこがれてるのがわからないはずは、ないと踏んだね、俺は」
「で、どうだってのさ」
「で、おまえさんが、仕分けも教えずに、やればかだのドジだのいうのは、ぼうやを配達に出したくないからだと踏んだ訳」
「どういうことよ」
「店で仕分けばっかりやってれば、いつまでも、『この荷物をみんな待ってるんだ』と思っていられる」
「ふん……。ずぼし」
「で、ひと芝居うって、あねごがのりだしてくるかどうか見てた訳だ」
「で、あたしは、まんまとひっかかったって訳かい。負けたよ、おやじさんには」
「ま、あねごが乗り出してきてくれれば大丈夫だろう。あんな荷物の十や二十あったって、」
「あん、百や二百あったって、」
「そう、本当に大切な荷物がひとつあれば、運送屋は生きて行ける」
「あ、わかった、おやじさんの次の台詞」
「なんだって? 」
「たしか、あねごもそうだった」
「ご名答」
「ばか」
「頼んだぜ、ぼうやのこと。なにしろ、あれは、昔のあんたなんだからな」

エピローグ

 新年のお休みが終わって、「あさかぜ急便」も仕事をはじめました。
「おっす、ことしもよろしく、おやじさん」……と、これは、あねご。
「おはようございます……その、所……」
「ぼうや!」
「は、はい。えっと、その、お、おやじさん!」
「よし、よくやった。じゃ、今日は、仕分けのやり方を教えてやる。二度と失敗しないように、きっちり仕込んでやるからな」
「は、はい、よろしくおねがいします。ルル……あ、あねご!」
「ほい、来な!」

 本当のことを言うと、今でもピピは時々あねごにどなられているそうです。それを見ているおやじさんの様子だとか、いつだったか、ピピが荷物を壊してしまって、あねごと謝りに行った話だとか、そういうことも、また、いつか、お話しするとしましょう。

               Fin.


あさかぜ急便・すずかけ通り支店

バースデー・プレゼント

Happy birthday to YUKI-san

「あ、あの……ひょっとしたら、ナナさんじゃありませんか?」
「え、そうですけど、あなたは?」
「あ、ごめんなさい。ぼく、『あさかぜ急便』で働いています。えっと、ピピっていいます」
「はい……何かご用ですか?」

 今日はお休みだというので、ピピは街に出かけてきました。お気に入りの路面電車に揺られて。
 そろそろ降りようかという時になって、ピピは隣にいる女の子のブローチに気がつきました。白い陶器のブローチです。きれいな空色の蝶をあしらったブローチなのですが、羽のところがちょっと欠けているんです。それに、形だって、丸だとか四角とかではなくて……なんというか、割れたお皿のかけらみたいな気がしたのです。
 そう、間違いありません。ピピは、電車を降りるのも忘れて、声をかけてしまったのです。

「あの……、そのお皿割ったのぼくなんです。その、ごめんなさい」
「ああ、あの時の、運送屋さん」
「はい」

 そうです。ピピは、少し前にナナさんに届けるはずのお皿を落として割ってしまったんです。それで、ナナさんに会ったのでお詫びをしておかなくちゃと思って、声をかけたまでは良かったのですが。どぎまぎしてしまって、何をどう話したらいいのかわからなくなってしまいました。
 急に黙ってしまったピピを、ナナさんは、不思議そうに見ています。ピピは、とりあえず、お皿を割ってしまったときのことを話してみることにしました。

 こんな風だったんです。
「ぼうや!(あ、これは、ピピのことです) 何? 今の音は?」
「え、荷物を落としてしまったみたいで……」
「ばか。なに暢気なこと言ってるの。今の音は皿かなんか割れた音じゃない。」
「え、そんなことって」
「そんなこともこんなことも、そのくらいわからないのか、あんたは」
 ちなみに、ピピにつかみかかっているのは、先輩のルルさんです。普段は「あねご」で通ってますけどね。

 あねごが飛び出してきて、ピピの落とした荷物を拾い上げます。ゆっくりと左右に傾けると、確かに、がらがらと、何かが滑るような音がします。間違いなく、中の荷物は砕けているようです。
「まあ、この程度で砕けるような荷造りをする荷主も荷主だけど……どっちにしても、ぼうや、あんたの責任だ。わかるね」
「は、はい……で、どうしたら……」
「どうしたらってね……」
「謝ってくればいいさ」
 助け船を出してくれたのは、所長です。もちろん、誰も「所長」だなんて呼びません。「おやじさん」ですけどね。
「おやじさん、そんなに簡単に……」
「じゃ、どうしろってんだ、あねご。とにかく、お客さんの所に行って謝ってくれば、いろいろわかるだろう、ぼうやにも」
「ま、そうだけど……」

 ナナさんは、少し笑いながら、ピピの話を聞いてくれました。
 ピピも、「ぼうや」と呼ばれていることなんかは、話したくない気もしたのですが、なんだか、やっぱり正直に話しておいた方が良いような気がして、全部話してしまいました。
「ぼうや――なんて、失礼よね、みんな」
「いいえ、良いんです。まだ」
「まだ?」
「はい。だって、荷物を落として、お皿が割れてたのにも気がつかなかったんですから。あねごなんか、離れたところにいたのに、すぐに気付いて飛んできてくれたのに」
「それは、そうだけど……」
「だから、今は、自分のこと本当に『ぼうや』だと思うんですよ。だから、そんな風に呼ばれてもあたりまえなんです。いつか――なんて呼ばれるようになるかわからないけど――ぼうやなんて、呼ばれないような、ちゃんとした運送屋になるんです」
「うん。なれるわ。きっと」

 ナナさんは、そう言って、ピピが「お詫び」に来たときのことを思い出していました。ピピは、落としてしまった荷物を抱えてナナさんの家にやってきたのです。ピピは、ナナさんが出てくるのを待って、「開けてもいいですか?」と尋ねてから、荷物を開きました。お客さんの荷物を勝手に開けるわけにはいきませんからね。
 包を開けると、お皿はバラバラに砕けていて、ナナさんが悲しそうにしたのを、ピピは今でも良く覚えています。
「うん。そりゃ、悲しかったわ。本当ならとてもきれいなおさらだったと思うのに、開けてみたら、かけらなんだもの」
「……ごめんなささい」
「ううん。いいの」

 ナナさんの前でお皿を開いてから、ピピは、おやじさんに教わったとおり、ちゃんと弁償しましょうかって、尋ねました。ところが、ナナさんは、弁償はいりませんからと言って、引きこもってしまったのでした。
「あ……怒ってた訳じゃなかったの、本当に。弁償してくれなくても、あのお皿が良かったの。割れてしまったのはちょっと残念だったけど」

 そう。実は、この時にピピが帰って、あねごとおやじさんに、「ナナさんは、弁償しなくても良いって言ってくれました」って報告したので、もうひと騒動あったんです。
「弁償しなくっていいって?」
「はい、このお皿で良いって、ナナさんが……」
「ぼうや、そりゃね……。お皿は割れてたんでしょ」
「はい、バラバラでしたけど……」
「そりゃ……やっぱり……。おやじさん、まずいよ、これは」
「だな。そのお嬢さん、よっぽど怒ってるみたいだな」
「え? だって、弁償はいらないって……」
「だから、あんまり頭に来ると、弁償なんていらないって気になるもんなんだよ」
「そうだな。あねご、行くか」
「その方が良いでしょうね」
 こうして、今度は、あねごとおやじさんが、ナナさんの所に謝りに行ったのです。

「どう思う、おやじさん?」
「どうって?」
「あの様子は、怒ってるって様子じゃなかったよね」
「そうだな。怒ってはいなかった」
「でも、弁償はいらないって」
「ま、そういうことなんだろう」
「そういうこと?」
「単純に、弁償はいらないってことだろう」
「答えになってない」
 ピピが、こう話すのを、ナナさんは笑って聞いていました。いえ、笑いながら、しきりに、「ごめんなさい、心配かけたわね」と繰り返していました。

「うん。残念だったんだけど、あのプレゼントがうれしくってね、残念がってる余裕がなかったの」
「え?」
「あのプレゼントね、バースデー・プレゼントだったの」
「そんな大切なもの……」
「うん。大切なもの。大切なものだからね、届いただけでうれしかったの。たとえ、割れてしまっていても、うれしかった。ちゃんと、私の誕生日を覚えていて、遠くから思ってくれてる人がいるんだもの」
「…………」
「だからね、弁償なんていらなかったの。あのお皿は、他にはないものね」
「ごめんなさい。そんな大切なもの……」
「だから、いいの、気にしなくって。あなたは、ちゃんと届けてくれたんだもの……あの人の気持ちを」

 ナナさんは、話してくれました。
 お皿は割れてしまったけれど、うれしかったものですから、しばらくは割れたまま飾っていたそうです。割れたお皿でも、かけらをうまく並べたり組み合わせたりすると、きれいに見えるものですしね。
 でも、ある日、思ったのだそうです。その中の、いちばん大きな、ちょっとはみ出しているけれど、空色の蝶がきれいに描かれているかけらを、ブローチにしたら素敵ではないかしらって。
 そうして、割れたお皿は、ナナさんのいちばんお気に入りのブローチになったのです。

「このブローチをしているとね、思い出すの。遠くで、私のことを思ってくれてる人がいるって、ちゃんと私の誕生日を覚えてくれてる人がいるって。うん。勇気が涌いてくるわ。でも、明日からはそれだけじゃない。一緒に、割れてしまったお皿でも、ちゃんと届けてくれて、お皿を割ってしまったって、私のためにこんなに心配してくれた、ピピ、あなたのことも、きっと一緒に思い出すわ」

 次の停留所まで来たとき、ナナさんに「ありがとう」と言って、ピピは電車を降りてゆきました。


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Nagi -- from Yurihama, Tottori, Japan.
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