ピアノの音

 ピアノの音……。
 ここは学校の保健室。階段から落ちてしまったので、保健室でお休みしているところ。それでも、先生は階段からとっても素直に落ちてきたらしいと言っていた。
 だから、別に大きなけがもなくて、しばらく保健室で休憩していれば良いでしょうということになった。

 しばらく眠っていて、かすかなピアノの音で目が覚めた。まあ、学校だしどこかのクラスが音楽の時間だったのだろうから、別に不思議はない。
 それにしても、階段から素直に落ちた……のか。そうそう。階段を上りきる手前でちょっと足がつまずいて、そのときに自分でも何の抵抗も――足を踏ん張るとか、手すりを持って体を支えるとか、何もせずにそのまま転がり落ちてしまった。
 そのときに少し思ったのよね。このまま逆らわずに、落ちるのに身を任せているのも良いかなって。
 まあ、明日になれば、普通に授業も受けられると思う。階段を転げ落ちた間抜けなやつ……って、しばらくは噂になるでしょうけど。

 そんなことを考えているときに、休憩時間になったのだろう、優花がお見舞いに来てくれた。
「大丈夫だった? 夕祈?」
「大丈夫。落ちかたが素直だったんで、たいしたことないってさ」
「それなら良かったけど……心配したじゃない」
「ごめん。心配かけて」
 私は、あのピアノの音のことを思い出した。ピアノの音で目を覚ましたと聞いて、優花が保健の先生に尋ねてくれた。さすがは保健委員だわ。

「夕祈ねえ、今日はまだ音楽の授業なんてないってさ」
「音楽の時間ないの? じゃ、誰か授業さぼってピアノ弾いていたのかな」
「授業をさぼったというか……夕祈、それって……」
「どうしたの? 驚いて?」
「それ、七不思議のピアノだよ」
「七不思議って?」
「あるじゃない、なんとか学校の七不思議って」
「清和中学校にもあるの?」
「あるじゃない」
「私、知らないもの」
「誰もいないのになる音楽室のピアノとか……」
「ピアノとか?」
「理科室の骸骨が踊るとか……」
「踊るとか?」
「あとは知らない」
「知らないって、それじゃ、二不思議じゃない」
「まあ、いいからいいから。でも、音楽室のピアノは本当だよ」

 優花はそういったけど、なぜピアノが鳴るのかは知らなかった。よくあるじゃない、家が貧しくてピアノを買ってもらえなくてとか、病気でピアノを弾くことができなかった子がいてとか、そいう話は、優花も知らなかった。
「それじゃ、どこにでもある単なるうわさ話じゃない」
「でも、ピアノは鳴るんだってさ」

 昼休憩が終わって、優花は帰っていった。
 独りでに鳴り出すピアノというのも、良いかもしれない。でも、あのピアノの音って、とっても優しい音だったような気がする。
 幽霊さんがピアノを弾いていたって考えるのも良いかもしれないけど、あの幽霊さん、たぶん、のろいだとか、うらみだとかで出てきたんじゃないと思うな。
 あんなに優しい音だったんだから、きっと、ピアノを弾きながらとっても幸せな気分のまま、いつのまにか、幽霊になってしまったっていう……そんな気がする。
 そんなしあわせな気分になれたらとってもすてきだと思う。
 だから、ひょっとしたら聞き間違いかもしれないけど、とっても優しく響いたあのピアノの音を私はいつまでも忘れないようにしようと、そう思った。


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Nagi -- from Yurihama, Tottori, Japan.
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