「お客さん、もうちょっと高級な doll に乗り換えたらどうですか? お金あるんでしょう。そんな、十何人かで共用するようなタイプのじゃなくて、ちゃんとプライベート・タイプにしたらいいのに」
くどい奴だ。まあな、共用タイプとプライベート・タイプは店の実入りが2桁ばかしは違うから、店主としてはしつこくもなるだろう。
「人格を持ち、学習し、行動する自律的な女性の人格を持ったエージェントソフト」 doll は、地球でこそ「一部知識人」の反対で普及しなかったが、ここのような辺境の星――つまり、女のいない星ではそれなりに普及した。
まあ、普及に貢献したのは、安物の「共用タイプ」が売り出されたのが大きいが。
共用タイプ――その名の通り、複数の男で、ひとつのソフトを共用することになる。当然のごとく、待ちぼうけを食わされたり、意に添わない振る舞いをしたり、ことによると、他の男のところに出かけていったりもする。安いわけだ。
doll は、男の相手をしながら学習する機能を持っている。確かに。だが、それにしたって誰の影響を受けるかなんてわかったものじゃない。
由紀。おれがつきあっている doll は、そういう名前だった。プライベートタイプと違って、お仕着せの名前で我慢することになるわけだ。話の具合から、10人以上の男とつきあっているらしいし、「一晩つき合えよ」なぞとしょっちゅう誘っている割には、OKの出たためしがない。
それでも、つきあっているうちに、夕方あたりは由紀が暇そうにしているのに気づいて、おれは、結構おつきあい願ったりした。由紀を「共有」しているので、この時間帯なら断られることはなかった。まあ、夜になる頃には帰ってゆくのは、致し方ないとしようか。
一度、「風が消える話」をしてくれたのを、おれは今でも覚えている。
穏やかな追い風の中を歩く。少しずつ歩調を上げて、風と同じ速さになった瞬間、風が消える。おれは、「風」を知らない。この星にはそんなものはないからな。由紀は、風を知っているのだろうか……。おれは、少しばかりいぶかった。
その翌日、由紀から短いメールが届いた。もう会うことはできないとだけ書かれていた。由紀は、共有型の doll は、このドメインを抜け出せないはずだ。おれは、ネットワークをサーチした。由紀はいなかった。
その後センターから、doll xa2217 「由紀」の運用停止と、相変わらずのしつこさで、「故障のない」プライベート・タイプのおすすめのメールが届いた。
この話には後日談がある。
おれは、由紀が消失してすぐ、由紀の残したログをすべてひっくり返して、簡単な解析をした。パスワードのあたりを付けると、由紀のコントロール回線を走査した。由紀の痕跡が完全に消えるまでに、由紀を「共有」していた男を3人ばかり突き止めることができた。
おれ達は会い、そして、話した。
おれ達のだした結論は、由紀はきっとおれ達が知らない「恋人」と駆け落ちでもやらかしたんだろうということだった。
おれは「風が止まる話」をした。木星生まれの一匹狼は、月明かりに映える一面の雪景色を話してくれた。由紀の姿が、話に聞いただけの地球の情景に重なる。由紀の恋人は地球生まれなのかもしれないな。
おれ達は、由紀と、そして見たこともないおれ達の恋敵に乾杯した。