「家はどうしたの?」
「出て来ちゃったの」
「家出とか?」(これは、困ったことだ)
「うん。お母さん探しに」
「探しに……って」
「うん。なんだかいろいろあって、お母さんが家にいなくなったの。で、ここにいるって
聞いたから、探しに行くの」
女の子が手にしている紙切れには、なんだか、住所が書かれていました。多分、住所に
は違いないと思うのですが、どこだかわからない、聞いたことのない住所でした。
「知ってるの……その、道順とか」
「知らない……でも、わかるの、なんとなく」
だいじょうぶだろうか? こんなあやふやなままで女の子が旅するなんて。
女の子は、その夜、ぼくのアパートで過ごしたのでした。
ぼくは、女の子を連れいていってあげようと考えました。
アルバイトは、あと3日ほどすれば、なんとか休みが取れるでしょうし、どこにあるか住所がわからないといっても、調べるか人に聞くかすればわかるだろうし、なにより、こんな女の子がひとりで旅するよりは、ずっといいだろう。
ぼくがそう言うと、女の子は、「ひとりで大丈夫」とそう言った。
ひとりで歩いていて、もちろん、あんまり安心は出来ないけど、本当におなかが減ってしまったり、本当に困ったときには、今日みたいにきっと、助けてもらえるから……なんて、女の子は話していた。
そりゃ、ぼくは、お人好しの方だから、今夜みたいにちゃんとアパートに入れてあげたけど、そんなに良い人ばかりじゃないだろうに……と思ったけど、そういえば、女の子は実際にここにいるわけだし、だとすれば、ずっとこうして無事に歩いて来たのだから、案外、世の中もうまく出来ているのかもしれない……と、そんな風に思ったりもした。
「それにね、本当に駄目だったら、あたし死んじゃうだけだから。別にかまわない」
最後に、女の子はそういった。
ぼくは、それを聞いて、なぜだか女の子をぶていた。
「ばか!」
そういって、どなった。 自分でもちょっと不思議な気がした。
その夜は、それっきりだった。
翌朝、ぼくはまぶしくて目がさめた。
随分と長い間開けたことのないカーテンが開いていて、そこからの陽射しに、ぼくは、飛び起きたんだった。
夕焼けは何度か見たことがあるが、考えてみれば、朝焼けを見たのは初めてかもしれない。
テーブルの上には、おどろいたことに、朝食が準備してあって、「ありがとう」とだけ書いた、書き置きがあった。
あの女の子は、今もおかあさんを探して歩いているのだろうか。
無事なんだろうな。死んだりしちゃ、駄目だぞ。生きてるんだぞ。
おかあさんが見つかったときに、尋ねて来てくれたりはしないかな。
ぼくは、脈絡も無しにそんなことを考えていた。
もしかしたら、「お母さんを探している」なんて嘘っぱちかもしれな。
あの子は、ぼくみたいな男に朝焼けを見せるために、ひょっとしたら、歩いているのかもしれない。