朝焼け


 その夜、ぼくは、女の子に出会ったのでした。
 十歳くらいの女の子が、いつもの帰り道でアルバイトを終えて帰る、ぼくの後を俺の後をついてくるのでした。
 結局、アパートの前まで来てしまいました。女の子は、そこから動くようすもなく、さすがに放っておくわけにはいきませんし、さりとて、交番を探して届けるのもちょっと面倒な気がして、ぼくは、女の子を自分のアパートに案内したのでした。

「家はどうしたの?」
「出て来ちゃったの」
「家出とか?」(これは、困ったことだ)
「うん。お母さん探しに」
「探しに……って」
「うん。なんだかいろいろあって、お母さんが家にいなくなったの。で、ここにいるって
聞いたから、探しに行くの」
 女の子が手にしている紙切れには、なんだか、住所が書かれていました。多分、住所に
は違いないと思うのですが、どこだかわからない、聞いたことのない住所でした。

「知ってるの……その、道順とか」
「知らない……でも、わかるの、なんとなく」
 だいじょうぶだろうか? こんなあやふやなままで女の子が旅するなんて。
 女の子は、その夜、ぼくのアパートで過ごしたのでした。

 ぼくは、女の子を連れいていってあげようと考えました。
 アルバイトは、あと3日ほどすれば、なんとか休みが取れるでしょうし、どこにあるか住所がわからないといっても、調べるか人に聞くかすればわかるだろうし、なにより、こんな女の子がひとりで旅するよりは、ずっといいだろう。
 ぼくがそう言うと、女の子は、「ひとりで大丈夫」とそう言った。

 ひとりで歩いていて、もちろん、あんまり安心は出来ないけど、本当におなかが減ってしまったり、本当に困ったときには、今日みたいにきっと、助けてもらえるから……なんて、女の子は話していた。
 そりゃ、ぼくは、お人好しの方だから、今夜みたいにちゃんとアパートに入れてあげたけど、そんなに良い人ばかりじゃないだろうに……と思ったけど、そういえば、女の子は実際にここにいるわけだし、だとすれば、ずっとこうして無事に歩いて来たのだから、案外、世の中もうまく出来ているのかもしれない……と、そんな風に思ったりもした。

「それにね、本当に駄目だったら、あたし死んじゃうだけだから。別にかまわない」
 最後に、女の子はそういった。
 ぼくは、それを聞いて、なぜだか女の子をぶていた。
「ばか!」
 そういって、どなった。 自分でもちょっと不思議な気がした。
 その夜は、それっきりだった。

 翌朝、ぼくはまぶしくて目がさめた。
 随分と長い間開けたことのないカーテンが開いていて、そこからの陽射しに、ぼくは、飛び起きたんだった。
 夕焼けは何度か見たことがあるが、考えてみれば、朝焼けを見たのは初めてかもしれない。

 テーブルの上には、おどろいたことに、朝食が準備してあって、「ありがとう」とだけ書いた、書き置きがあった。
 あの女の子は、今もおかあさんを探して歩いているのだろうか。
 無事なんだろうな。死んだりしちゃ、駄目だぞ。生きてるんだぞ。
 おかあさんが見つかったときに、尋ねて来てくれたりはしないかな。
 ぼくは、脈絡も無しにそんなことを考えていた。

 もしかしたら、「お母さんを探している」なんて嘘っぱちかもしれな。
 あの子は、ぼくみたいな男に朝焼けを見せるために、ひょっとしたら、歩いているのかもしれない。

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『朝焼け』 by 麻野なぎ
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(licensed under a CC BY-SA 4.0)

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