あさなぎ

プロローグ

 陸に上がっても、港から離れられないなんて、ちょっとだらしないかな。荷物の積み込みが終わって、俺たち、「南海の英雄号」の乗組員は今夜と明日一日上陸を許可された。そこで、俺もこうして夜の港を歩き回っているわけだ。
 港には、俺たちのような船員相手の酒場がいくらでもあるし、しょせん、一夜を過ごすだけだから、何も港を離れる必要はない。それはわかっているのだけど、上陸の度に、いつものように港をぶらぶらし、酒場を探しまわっているだけの自分に少々腹がたったりもした。まあ、いいさ。内陸まで足を伸ばしたにしたところで、別段良いものがあるわけでもなし、早い話が、俺は、こういった港町の酒場で飲む酒が不満だと言うわけでもないのだから、妙なことは考えないことだ。

 俺は、自分の考えをとりまとめると、いつものように、酒場を探していた。船乗りになってから、もう、何度陸に上ったかなど、さすがに考えたことはないが、ずいぶんと長く繰り返されている俺の習慣だ。
「お花はいりませんか? 」
 そうそう、こういうのも、よく通りかかる。花売りは、ほとんど酔っぱらい相手だな。残念ながら、俺はまだ素面だし、花なんぞに金を掛ける趣味はない。
「いらない、第一、そんな金はないよ」
「あら、そう。お金なんてなくてもいいわよ」
 女の子がひとり立っていた。まだ、子どもだ。
「こらこら、子どもはそんなことしてないで、家に帰って寝な」
「あたし、子どもじゃないもん。それに、帰れったって、帰るとこなんかない」
 まあ、他人のことだし、ほっておけばいいか。同情は禁物だ。帰るところがないなんぞは、こいつらの常套手段だからな。
「じゃ、お嬢さん。お金がなくても良いなんて、ただで花を売ってくれるのかな」
「あら、ただで売ったりしたら、お客さんに失礼だわ。私はね、お金がないお客さんからは、お話をもらうの。そうして、私が気に入ったら、お花をあげるの」
「へえ、金の替わりに何か話せば良いのか……」
「そう、ね、なにか話して。おじさん、船乗りでしょう、何かおもしろい話を知っているに違いないわ」
 別に、船乗りだからっておもしろい話を知っているとは限らないさ。七つの海をかけめぐると言えば聞こえは良いが、俺なんぞ早い話、船のまわりを離れたことなどないんだからな。そうは思ったが、こんな子ども相手に、何も知らないなんてのもしゃくだから、そう、あの話でもしておこうか。

「わかったよ、じゃ、良くきいてなよ」
「ウン、ありがと、私、ハシカミって言うの、よろしくね」

ブランコ乗りのいた街

「さあさあ、お集まりの皆さん、いよいよ、この街の、そして、青い港サーカス団の誇り、命知らずのブランコ乗りシクシクの大空中ショーの始まりであります」

 今はもう「工業団地」という名前で、誰もが知っているこの街では、サーカスもいよいよクライマックスです。シクシクは嵐のような拍手のなかを空へのぼってゆきました。
「ブランコの前に立ったら、まっすぐに前を見ること。ブランコは練習で、完全に乗りこなせるようになるまで、人前では乗らないこと。自信の無いそぶりを見せてはいけないが、なるべくおおげさに、命がけのような表情をくずさないこと」
 シクシクは、同じようにブランコ乗りで、やはりこの街のスターだった父親のことばを思い起こしながら、ブランコを見つめます。

 飛ぶまでの時間は、長すぎても短すぎてもだめです。お客さんに簡単だと思われてはいけないし、かといって、不安がらせるのはもっとだめです。
 シクシクは、飛び上がりました。向こう側で、ガムガムが、ちょうど良いタイミングでブランコを投げてくれたのが見えます。一度……二度……シクシクは、ちょうど二回だけブランコをやり過ごすと、三度めに飛びました。空中で一回転して、手を伸ばせば、ちょうどブランコがそこにあります。
 成功です。シクシクは、のぼってきたときより、もっと大きな拍手に包まれて、お客さんにぺこりとおじぎをすると、楽屋へと帰っていきました。
 こうして、青い港サーカス団の公演はいつでも大成功でした。

 けれど、いつ頃からだったでしょうか。気がつくと、あんなにたくさん集まっていたお客さんが、少し減ってきたような気がします。
「サーカスで、もっと素晴らしいものを見せないから、みんな退屈して来ないんだ。ほら、サーカスに来ないもんだから、街の人がみんな寂しそうじゃないか」
 団長のプイプイは言いますが、シクシクには、街の人の様子まではわからないのでした。
 それでも、シクシクにも、月が替わるまでに三回転を飛ばなければいけないというのはわかりました。月が替われば、プイプイは、「新生、青い港サーカス団」とか派手な宣伝文句で、また街の人々を集めるつもりでいました。花形スターはあいかわらずシクシクです。だから、それまでにシクシクは街の人が見たこともない三回転を飛ばなければいけないのです。

 シクシクはもう、十年も一回転を飛んでいました。シクシクの前には、父親のガウガウが、やはり、二十年だか三十年だか飛んでいました。この「工業団地」の売りものは、もう何十年も前から「青い港サーカス団」で、何十年も前から、一回転の飛翔でした。
 シクシクは少しばかり不安でした。ガウガウはどことなく不機嫌でした。
 サーカスに来ないから元気がないのではなくて、何かの理由で元気がないから、お客さんが来ないのだと言うのが、ガウガウの言い分でした。お客の方に元気がないのだから、三回転を飛んでも無駄だと言うのです。
 他の理由がなければ、何十年もお客さんが集まってきてくれたのに、急に「工業団地」のブランコ乗りを街の人が見捨てるはずはないと言うのです。

 ガウガウの言い分も、少しは当たっていました。街の人がどことなく寂しそうだと言うのもまた本当のことだったのです。原因は誰にもわかりませんでした。ある人はこのごろよその国から訪れてくる人が減ったからだと言います。また、別の人は、港からの積み荷が減ったからだと言います。
 それでも、プイプイが「新生、青い港サーカス団 …… 命知らずのシクシク ブランコで三回転に挑戦! 乞うご期待」と派手なチラシをばらまくと、噂はたちまち街中にながれてゆきました。「青い港」サーカス団がこの街に出来て以来、こんなに評判がたったのは、初めてだろうと思われる程でした。

 次の日からシクシクは三回転の練習を始めました。ガムガムにつきあってもらうと、誰もいないテントを昇ってゆきました。
「そういえば、最初の舞台を踏んでから、練習なんてしたことがなかった」
「それでいいんだよ。新しいことをやろうとして、怪我でもしたら街の人たちに合わせる顔がない」
「怪我をしないように少しずつ、新しい業を覚えていったらいいのに」
「いや、そうじゃない。新しい業を覚えても、人はすぐに慣れてしまう。そうしたら、おまえは、また新しい業を覚えなければならない。一回転以外のものができるなんて、誰にも知られてはいけないのさ。この街のサーカスの売りものは、ずっと前から、そうしてこれからもブランコ乗りの一回転でなくちゃいけないのさ」

 シクシクは、少しだけ頭を振ると決心したようにブランコを握ったのです。
 ガムガムに合図をして、まず、いつもの一回転をします。今日もなかなか調子は良さそうです。そして、二回転。ブランコをつかみ損なったシクシクは、安全ネットに向かって落ちて行きました。

 実際、二回転が成功したのは、月の替わる前の日のことでした。その日、プイプイがやってきて、明日は間違いなく三回転を成功させるように言い残して行きました。
「二回転じゃいけませんか、プイプイ」
「だめだね、いまさら三回転は出来ませんなんて言えるわけがないだろ」
「そんな、むりですよ、三回転なんて」
「いや、弱気になんてならずに、明日は絶対に成功させるんだ。青い港サーカス団のためなんだから」

「いいか、練習でできたことの他は、絶対に舞台ではやるんじゃない。明日は二回転を見せておけばいいんだ。しばらくすれば、客は飽きるから、そのときのために三回転はとっておかなくちゃいけない」
 その夜、ガウガウはそう言い残して行きました。
 当のシクシクは、ガムガムにこう話していたと言うことです。
「やっぱり、二回転をやるよ。プイプイだってわかってくれるさ。今はまだ、三回転をやる時じゃない」

 翌日は、朝から人々がつめかけました。「新生・青い港サーカス団」の垂れ幕がはためき、しばらくなかったほどの熱気に包まれていました。
 クライマックスが来て、ブランコに昇っていくシクシクは、いつもよりずっと大きな歓声に包まれているのを感じました。向こう側に見えるガムガムも少しばかり興奮しているようです。シクシクは、いつものように深呼吸をすると、ブランコをつかみます。ガムガムに合図を送り、いつものように飛び上がりました。

 ガムガムの離したブランコが見えます。一回、二回、いつものようにブランコがすれ違います。三度めにブランコがすれ違ったとき、シクシクは飛びました。
 シクシクが飛んだ瞬間の、観客のざわめきを、シクシクは確かに聞きました。一回転、いつもと同じです。二回転、練習の通りに飛びます。練習の時と全く同じに二回転を終えたシクシクの目の前に、相手のブランコが見えます。

 そして三回転。
 なぜ、三回転をしたのか、シクシクにもわかりませんでした。練習でも一度もできなかったのに、二回転が終わって、手の届くところに相手のブランコがあったのに。
 シクシクは飛び、そして、落ちました。
 観客の間から悲鳴が上がりました。

 シクシクの噂は、これで終わりです。
 こういった話にふさわしく、きっぱりと終わります。
 ただ、その後すぐに「工業団地」が落ちぶれてしまい、「青い港サーカス団」もやがて誰からも忘れられてしまったことは、このシクシクの事件が原因であったのだろうという噂だけが、その後もひっそりとささやかれていました。

ハシカミ

「それだけ? 」
「そう、それだけさ。つまらない話だろう」
「ううん、本当に空を飛んだ人の話なんて、初めてよ」
「本当に飛んだだって? 」
「そう、ブランコに飛び移るだけではなくて、本当に飛んだのよ」
「飛んだんじゃない。落ちたんだよ」
「ううん、飛んだのよ。ブランコにつかまるためだったら、シクシクは二回転でやめたはずだもの」
「勝手にしろ」

 ふん、疲れるな、こんな話は。
 変な娘だ。俺だってブランコ乗りの話しがおもしろいからしたというわけじゃない。ハシカミに何か話さなきゃいけないかと思っただけ。だからと言って、俺に気のきいた話しなんぞできるわけはないし、まあ、おもしろくはないが、旅先でちょっと聞いたのを話してやっただけさ。
 だからって、なんで俺の話などおもしろそうに聞くのだろう、ハシカミは。あげくの果ては、落ちたブランコ乗りをつかまえて「本当に飛んだ」ときたもんだ。

「とってもおもしろかったわ、お返しにあたしもお話を聞かせて上げる」
「いいよ、俺は忙しいんだ」
「そんなこといわないでよ。あ、そうか、心配しなくてもお花はあげるわよ。じゃ、聞いていてね、お願い」

 俺も、けっこう優柔不断なところがあったりして、ハシカミの言うことを断れなかたった。そう、今度は俺がハシカミの話につきあわされることになった。

歌姫の身の上話

 たぶん、だれも信じられないとは思うのですが、アミの住んでいる国には、「歌」と言うものがありませんでした。鳥のさえずりや、風の音や、せせらぎはもちろんありました。人の歌声だけがなかったのです。

 アミが、初めて「歌」という言葉を見つけたのは、遠い国の旅人が置いて行った本の中でした。この国の人と言うのは、よその国の本なんて読まないものです。よその国の本なんてよむのはばかげていると考えているのです。
 だって、この国にあるものなら、この国の本の方がよっぽど詳しく書いてあるに決まっていますし、この国にないものの話だったら、それは、知るだけ無駄というものです。
 こんなわけで、この国の人たちは、本当は旅人も好きではなかったのです。遠い国からの旅人は、なにかしら人々の知らない話を運んでくるものです。旅人を泊めることはお金になることなので、旅人を歓迎してはいましたが、その実、よそものにこの国を歩いて欲しくはなかったのです。

 だから、アミのことを知っている人々は、アミのことを変だと言っていました。アミは、旅人が持ち込んだ本を捨てたりせずに大切にしまっていると言うではないですか。あまつさえ、友人のだれそれをつかまえては、遠い国の景色やら、食べ物やらを楽しそうに話すのだと言います。
 人々は、そんな、たぶん一度も見ることもできないことを話すのを嫌いました。そして、アミは結局、よその国のいろいろなことを自分だけで考えるようになったのです。

「深い森をゆるがすような歌声」
 でも、この見出しは、とうていアミ一人でしまっておくことのできないものでした。
 アミの国には、海はありませんでした。それでも、「果てしなく広く、青い海」をアミは想像することが出来ました。暖かい土地であったので、雪も降りませんでした。それでも、夜の闇の中をしんしんと降り積もる雪を感じることができました。
 でも、アミは「歌声」というものを感じることはできませんでした。
 森は、この国にもありましたから、アミは「深い森」を想像することは出来ました。また、「歌声」というからには、「声」なんだろうとも思いました。でも、アミはとうとう、森をゆるがすような声を思いつくことが出来なかったのです。
 アミが、例え思いつく限りの大声を出しても、森がびくともするはずはありません。だとすると、遠い国には、考えもつかないほど大声で話す人でもいるのでしょうか。

 アミに相談をもちかけられたポン先生はひどく困っていました。もちろん、ポン先生にも、森をゆるがすほどの大声なんて思いつかなかったのです。それだけではありません。かりに、そんな大声が出せたところで、おなかがふくれるわけではないし、お金がもうかるわけでもないではありませんか。
 ポン先生は、考えてもわからないもの、考えても役に立たないものを考えるのが嫌いだったので、アミの持ってきた「歌声」の相談を無視することにしました。そして、よその国の本など読んではいけないといつものようにお説教をして、アミを追い返してしまったのです。
 友達のカイも、アルも同じようなものでした。歌声などと言う得体の知れないものに関わってはくれませんでした。でも、大人はもっとひどかったのですよ。アミが持っていた本を、取り上げて捨てようとしたのですから。

 ポン先生のところを追い出されてから、少したって、アミはコミおばさんのところに旅人が泊まっているという噂を耳にしました。この国の人は旅人を泊めるときに、まるで悪いことをしてでもいるように、します。隣の人たちともいつもと同じようにつきあいながら、旅人が泊まっているだなんておくびにもださないのです。また、そうすればするで、噂が流れて行きます。だれそれの家には旅人が泊まって、いくら置いて行っただとか、何か珍しいものを置いて行っただとか。
 コミおばさんの所の旅人の話も、そういったひそひそ話のなかに埋もれていました。

 アミは、いくらコミおばさんに頼んでも、家に上げてもらえないだろうと思っていましたから、お勝手を見張ることにしました。よそものはお勝手から、街の人たちは玄関から。それは、大事なお客だとかそうでないとかと言うのとは別の、この街の古くからのしきたりになっていました。おまけに、人目のある昼間のうちには、旅人は出てこないことになっていますから、夜になってしばらく待てば、旅人に会うのは案外簡単でした。

「ね、おじさん、『歌声』って知ってる? 」
「な、なんだ、おどろくじゃないか、突然飛び出してきたりして」
「ごめんなさい、わたし、よその国の人とお話ししたことなかったらか、どうすればいいのかわからなくて。あの、失礼があったらおわびします」
「そんなに、あやまらなくてもいいよ。初めての人と話すときにはね、まず、『はじめまして』って言えば良いのさ。はじめまして、お嬢さん」
「あ、わたし、アミって言うの……言います。えっと、はじめまして、おじさん」
「おじさんはムウフっていうんだ、よろしくね。で、『歌声』がどうしたって?
 」
「わたし、本で、『深い森をゆるがすような、歌声』っていうのを読んだんです。で、歌声っていうんだから、声のことだろうかって思ったんですけど、そんな大きな声って想像できないんです。おじさん、歌声ってなんのことか知ってますか? 」
「歌声? あの歌声のことかい? それなら知ってるけど……」
「良かった。最初に話しかけた人が知っていて。もし、おじさんが知らなかったら、わたし、また、よその国の人がくるのを待っていなきゃ。この国の人は誰も知らないのよ」
 旅人は、ちょっと驚いてしまいました。そういえば、この国に来て、なんだか寂しそうな国だなっていう感じはしていました。そう、誰も歌わなかったからだったのです。
「そうさね、説明は難しいな……じゃ、ちょっと歌ってみるから聞いててごらん」
「ええ、おじさん、歌うことが出来るの? お願い、聞かせて」

 旅人は、本当は歌が得意ではなかったのです。でも、一度も歌を聞いたことがないなんて、あんまりだと思ったものですから、ちょっとひかえめに、「海の歌」を歌いました。アミは、静かに耳を傾けていました。

「素敵、それが『歌声』っていうものなのね。うん、普通に話すのとは、どこか違うわ。ね、おじさん、それで、『歌』ってのは、たくさんあるものなの? 」
「それは、たくさんあるよ。わたしは、あまりたくさんの歌は知らないけれど、世界には覚えきれないくらいの歌があるんだよ」
「そう……素敵ね。あと、『深い森をゆるがすような』ってのは、どうするの?
 おじさん、できる? 」
「残念だけどそれはできないね。わたしは、歌があまりうまくないからね。それに、森に響きわたるようなのは、『コーラス』って言ってね、たくさんの人でいっぺんに歌うんだよ」
「歌がうまくないなんて、そんなことないですよ。そう、『コーラス』っていうの、私、一度でいいから聞いてみたい」
「そうさね、秋が来れば、隣の国の、森の端市で、音楽会をやるみたいだよ」
「コーラスもやる? 」
「そう、コーラスもやるのさ」
「隣の国の、森の端市? 」
「そう、隣の国の、森の端市」
「うれしい、わたし、今日から眠れそうにないわ。おじさん、どうもありがとう……あと、初めて聞いたわ、『歌声』って、ほんとに、ほんとに、ありがとう」
「どういたしまして。楽しい音楽会になればいいね」

 まったく突然なのですが、アミの噂も、ここですっぱり消えてしまいます。この後、この国の人々の話に登場しない以上、アミが国を出たのは確かなようです。最後に出会った旅人の話からすれば、森の端市のコンサートに出かけたのかも知れません。
 おそらく、アミはコーラスというものを聞いたのだと思います。それからアミはどこに行ったのか、どうして帰ってこなかったのか、いろいろ調べようとするのですが、かいもくわからなくなるのです。
 ただ、最近、埠頭通りで歌の無い国から来た歌姫の噂を耳にしたものですから、ことによると、それがアミではなかったかしらと、そう思うのです。

ハシカミ

「おしまい」
 そういったきり、ハシカミは黙りこくっていた。

「歌姫の話、好きなのかい? 」
「え、ああ、わかんない。でも、アミは好きよ」
「好きかい? 」
「うん、アミはね、きっと、国中の人の中で初めて自分の国を出たんだと思うの」
「いくら田舎だからって、他の国に出かけたやつくらいいるだろう」
「ううん、違うの。他の人はきっとね、あの仕事だとかこの仕事だとかで、ちょっと自分の家をるすにしただけ。アミはね、行かなくても良いのにでかけたの。自分が行きたいという気持ちだけで」
「なんだか、よくわからないな」
「そう……」

「でも、今夜は良かったわ。シクシクとアミを会わせることができて」
「会わせるだって? 」
「そう、ひとりぼっちのシクシクとひとりぼっちのアミが出会った日。シクシクは、空を飛ぶのに失敗して、それからひとりぼっちだった。アミだって、誰も知らない『歌声』を探そうとしたときからずっとひとりぼっちだった」
「それはそうだけど……会わせるだなんて……」
「もしも、あなたがシクシクだったら、アミの話を聞いたらうれしくなると思わない? 」
「それは……そうかもしれないな。俺が……俺がシクシクだったら、かなうはずのない夢を追いかけて、それでひとりぼっちになってしまったと思ったのに、アミなんてのがいて、やっぱり、知らない国で、夢を追いかけていたなんて知ったら、きっとうれしくなるだろうな」
「そう、それに、私たち、夢追い人を二人も知ってしまったんですもの、私たちが、この話を持って行けば、何人も、夢追い人を見つけることができると思うの」
「そうだった、探そうとしなかっただけで、俺達はひとりぼちじゃなかったんだ」

エピローグ

 俺達は、夜遅くまで話し込んでいた。
 いくら季節が良いと言っても明け方は冷えると言うので、ハシカミがどこからか、大きな袋を持ってくると、それが即席の寝袋になった。
 今、俺は、船乗りでいるのも案外悪くないかも知れないと思っている。港から港へと渡り歩いて、なにも不幸ばかりを探すのではなくて、俺も幸せのかけらを探せそうな気がしてきたのだ。

 こんなことを考え込んでいるうちに、俺は眠ってしまったようだ。明け方になって、波の音がしなくなったのに気づいて、俺は飛び起きた。波の音が、どんなに激しくても平気で眠っていると言うのに、波の音がしなくなると飛び起きてしまう。おかしなものだ。
 明け方と夕暮れ時のほんのひととき、風がぱったりとやむ。それに合わせて波の音が消える。風がやんで、初めて風が吹いていることに気づくんだな。

 ハシカミはもういなかった。自分の家に帰ったのだろうか。花が一輪、律儀に置かれている。
 ハシカミのくれた花を持って、内陸に向かってみよう。俺に花なんぞ似合わないが、今日だけは、花などさして冷やかされるのも良いだろう。
 手にいれたばかりの小さな物語を抱えて歩けば、俺も、ひとりっきりの心なんてのと、巡り会えるかも知れないからな。

 Fin.


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Nagi -- from Yurihama, Tottori, Japan.
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