一番最後の夕焼け

 その頃、ぼくは知り合いの先生から、ちょっとした仕事を請け負っていました。街道沿いのいろいろな言い伝えを書き留めるのです。なにかおもしろい話があれば、出かけて行って調べてきても良いとも言われていました。そんなときに、夕焼け屋の噂を聞いたのです。

 北の街には、夕焼け屋がいるというのです。
 夕焼け屋といっても、夕焼けを売るわけではありません。
 北の街には、大切な約束や願い事をするのは夕焼け空の下ですれば良いという言い伝えがあったのです。そうすれば、約束も願い事も必ずかなうというのです。
 そのために、夕焼け屋が、きれいな夕焼けを見届けるのだといいます。

 北の街で、誰かが大切な約束をする時、なにか大切なことを祈る時、夕焼け屋に相談します。
 夕焼け屋は、天候のことなどに詳しくて、いつ、きれいな夕焼けが見られるか考えると、それを人々に伝えるのです。
 夕焼けがきれいな日、それは、約束をする日です。みんなは街外れまで来て、夕焼け屋のテントにこもります。夕焼け屋が日暮れの様子を見て、「ずいぶんときれいな夕焼けですよ」と伝えると、人々は厳かな気持ちで約束を交わしたり、祈りを捧げたりしました。

 それでも、約束を破ってしまうこともあります。祈りが、かなわないこともあります。
 そんな時、それは、きっと夕焼け屋が嘘をついたからなのだろうと、人々は話し合ったのです。

 そんな言い伝え、そして、実際に夕焼け屋までいるらしいと聞いて、ぼくは調べてみることにしたのです。
 ところが、北の街で夕焼け屋を訪ねようとして、ぼくは、はたと困ってしまいました。
 誰に聞いても、夕焼け屋のことなど知らないと言うのです。それどころか、「大切な約束は夕焼けの下で」という、その言い伝えにしてからが、怪しくなってきました。そんな言い伝えは知らないという人ばかりです。
 わざわざ北の街まで来たのにと、途方に暮れながら、ぼくは、小さなレストランで夕食を食べていました。
 静かな音楽が流れて、ステージからは歌声が聞こえていました。
「……夕焼けはとってもきれいだった……」
 歌声の一節にぼくははっとしました。
 夕焼けがきれいだというのは、なにも珍しい表現ではありません。でも、もしかしたら、北の街の言い伝えと何か関係があるのかもしれません。
 彼女が歌い終わってから、詳しい話を聞こうとしたのですが、疲れているからと取り合ってもらえませんでした。
 しかたなく、ぼくは、もう一晩待ってみることにしました。
 翌日、その翌日と断られて、結局三日めに話を聞くことができたのです。

「どこでそんな噂を仕入れてきたんだい?」
「北の街の出身だという少女が残した日記なんです」
「日記だって?」
「そうです。古い雑誌に投稿したもののようで、夕焼け屋の立ち合いで、夢をかなえることを祈って、都会に出てきたということでした」
「そうかい。いつ頃の話だい?」
「かれこれ、三十年くらい前の雑誌でしたね」
「よく調べたもんだね、そんな古い話を」
「それが商売ですから……といっても、先生のお手伝いなんですけどね」
「ふうん」
「それで、なにかご存じないでしょうか? 夕焼け屋のこと」
「知らないね。でっち上げじゃないのかね、その女の」
「そうでしょうか?」
「そうにきまってるよ」
 彼女はそれっきり黙ってしまいました。でも、なんだか、考え込んでいるように思えたのです。
 ぼくは、思い切って聞いてみました。
「それで……」
「なんだい?」
「その時の少女の夢はかなったと思いますか?」
「いや、かなわなかっただろうね」
 その夜の話はそれで終わりました。
 彼女の歌声は、いつもより寂しそうに聞こえました。

 こんないきさつもあって、ぼくは、一度北の街を去りました。
 この調子では、もう、何もわからないだろうと思いましたし、それでいて、北の街の噂が本当なら、きっとまた手がかりが得られるだろうと、そうも思ったのです。

 新しいしらせ――酒場の彼女から連絡が来たのは、案外早くて、それから二週間ほど経った頃でした。
 話があるからと呼び出され、ぼくは、とるものもとりあえず、北の街に向かいました。
「今でも信じているのかい、北の街の言い伝えとかなんとか」
「はい」
「だったら今夜中央広場に行ってみることだね」
「中央広場ですか?」
「そう、今夜。そうそう、これを着て行くといい。その服じゃ、見ただけでよそ者だとわかるからね」
「中央広場で何を?」
「まあ、行ってみることだね……ただ、何も尋ねないほうが良い。一緒に行ってやるから、おとなしくしているんだね」

 彼女とそんなやりとりをして、ぼくは夜になるのを待っていました。
 夜になると、中央広場には、二十人ほどの人が集まってきました。
「どうしたんですか、こんなに?」
「静かにおし。運が良ければ、夕焼け屋にあえるかもしれない」
「みんな夕焼け屋のところに行くんですか?」
「ああ、そうだ」
「願いをかなえようという人が、こんなに?」
「違うね」
「でも、夕焼け屋のところに行くのでしょう?」
「そうさ、夕焼け屋を追い出しにね」
「追い出す? どうして」
「夕焼け屋が嘘をついたからさ」
「嘘をついた?」
「そう……」

 彼女は話してくれました。
 先頭で叫んでいる男が、この街の市長さ。
 やつは、市長になる時、ひとつ約束をした。公約ってやつさ。
 なんでも、金持ちから金を取り上げて、貧乏人に配るんだと。わざわざ夕焼け屋のところまで行って、約束の儀式なんかやったらしい。
 でも、そんなうまい話があるはずがない。結局は嘘っぱちさ。おおかた、市長になりたくて、人気取りにぶち上げたくらいのことだろう。
 ただね、だからといって、あれは嘘でした……というわけにはいかない。仮にも公約だからね。だから、夕焼け屋のほうが、嘘をついたということに、してしまったのさ。

 あいつは言うわけだよ、約束の儀式の時、夕焼け屋が嘘をついたのだとね。きっと、夕焼けなんか見えなかったに違いない、それでも、夕焼けは見えませんでしたなんて言えば、お金がもらえないから、いつもの調子で、「今日も良い夕焼けですよ」と言ったと、そういうわけだ。
 だから、約束は、かなわなかった。本当に夕焼け空の下で約束したのなら、反故になることはないと。それで、自分は、夕焼け屋にだまされたんだとね。

「いいがかりだ……」
「ああ。実際、この中でどれだけの人間が市長の言い分を信じているんだか」
「止めないんですか?」
「は? かいかぶっちゃいけない。あたしにゃ、そんな義理はないね。あんたが夕焼け屋のことを知りたがっていたようだから、案内しただけじゃないか」
「それでも……」
「それじゃ、あんたが止めに入るかい?」
「…………」
「冗談だよ。でも、自分にできないことを他人に押しつけるものじゃない。ただ、何もできなかったとしても、せめて、ここでおこったことを見届けて、そして、覚えていておくれ」
「はい……」
「ああ、それでいい、今は」

 人々は歩き続け、やがて街外れに来ました。西向きに延びる緩やかな斜面にテントがひとつ建っていました。これが、夕焼け屋のテントなのでしょう。
 夕焼け屋が逃げられないように人々がテントを取り囲みます。数人の男が何かを叫びながらテントに近づき、そして、テントに火を放ちました。
 一瞬で火が回り、テントが大きくはためきます。それは、羽ばたく鳥のようにも、のたうち回る巨人のようにも見えました。
 やがて、ひときわ大きな火柱が立ったあと、そこには何も――もえがらひとつ、ありませんでした。
 終わってみれば、あまりにもあっけない幕切れでした。

「見ただろう? これが、夕焼け屋の最期さ」
「夕焼け屋は……いたんでしょうか?」
「ああ、いたのさ。だからこそ、これだけの人が押しかけてきた」

 どこか不安そうに帰って行く人々に混じって、彼女は話してくれました。
 あんたが夕焼け屋のことを見つけた雑誌があったね。女の子の日記を載せていたという。その女の子は、どう思っただろうね、夕焼け屋のことを。
 あたしゃね、もしかしたら、夕焼け屋に感謝していたんじゃないかと思っている。ああ、かなわなかったとしてもね。どんな夢にでも、「ずいぶんときれいな夕焼けですよ」とそう言ってくれる夕焼け屋にね。
 おかげで、夢を試すことができた。そう思っているかもしれないね。

「でも、市長は……」
「ああ、そういう人間も出てくるだろう、しかたのないことさ」
「出てくるって?」
「あんた……そうだね、もう少し調べてみてごらん。夕焼け屋の言い伝えは、北の街に根付いたものじゃない」
「どういうことですか?」
「あとは、あんたが調べることだ」
 そこまで話したかと思うと、彼女の姿は見えなくなっていました。

 北の街から帰ってきて、ぼくは、夕焼け屋のことを調べてみました。
 ずいぶんとあやふやな言い伝えですが、確かに存在することがわかりましたから、調べれば何かわかるような気がしたのです。

 とっかかりになった日記は三十年前のものでした。一番古いものは、二百年近く前の記録です。
 そして、約八十年前・百六十年前にそれぞれ見つけることができました。
 彼女は「北の街に根付いたものじゃない」と言いました。それは、わずか四つの時代にだけ生まれた噂。

 ぼくの話を聞いて、先生はつぶやきました。
「わずか四つの時代……それはどんな時代だったのかな?」
「それは……不幸な時代です」
 そう、うっかりしていました。年代だけを見て、北の街で何がおこっていたのか気づかずにいたなんて。
 二百年前と百六十年前は戦争の時。八十年前と三十年前は北の街が飢饉に襲われた時代。

 もう少し調べるうちに、わかってきたことが、あります。
 まず、「大切な約束は夕焼けの下で」という言い伝えなど、もともとなかったのでした。
 この言い伝えがあるから、夕焼け屋がいたのではなく、ふいにやってきた夕焼け屋が、「大切な約束は……」と、そう言い出すのです。
 不幸な時代のなかで、大切な約束や、大切な夢を見るためのキーワードとして。
 そして、どの時代の夕焼け屋も、ある日突然に、いなくなってしまうのです。今の時代の夕焼け屋がそうだったように。

 夕焼け屋と一緒に夢を見る人が増えて、やっと、不幸な時代が、少しばかり落ち着いた、そんな時代。
 そんな時になると、街の人々は、決まって、夕焼け屋を追い出してしまうのです。きっと、市長がしたように、「夕焼け屋が嘘をついたのだ」と、そう言って。

 北の街の歴史の中、まるで奇跡のように、夕焼け屋は存在したのでした。

Fin.


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Nagi -- from Yurihama, Tottori, Japan.
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