「綾香?」
「……」
「綾香? 綾香ってば?」
「なに? そんなに叫ばなくても聞こえてるってば」
隣に座っているのは、幼なじみの綾香。うん、幼なじみ……なんだろうな。いや、幼なじみには違いないのだけど、十六にもなって、幼なじみってのもなんだし……ま……いいか。
実は、今日、とんでもない事故に巻き込まれてしまった。綾香と一緒に乗っていたバスにタンクローリーが突っ込んできた。バスは横転するし、なんだか、ぼや程度だったけど火を噴いたりでちょっとした騒ぎ。
結局、おれも綾香も大きな怪我はなかったのだが、それでも様子を見なけりゃならないってんで、病院に足止めされている。
で、さっきから、隣で綾香がなんだか嬉しそうにしているのが、妙に気にかかっている。結果としてはまあ、たいした怪我もなくて良かったね……ということになるのだけど、だからといって、こんな大きな事故の後に、嬉しそうにするものだろうか。
事故のショックが大きすぎてどうにかなってしまったんじゃないかなんていう気にもなってしまう。
「心配するだろうが」
「心配? なにが?」
「ひょっとしたら、どうかしちゃったんじゃないかと思って、事故のショックで」
「なんか、変?」
「なんかって、どうしてそんなに嬉しそうにしてるんだよ。あんな事があったのに」
「どうしてってね……私もね、死にたくなんかないんだなって分かったから、今日」
「なんか、おだやかじゃないな、それ」
「そう? うん。それはね……私ね、いままで、本当に生きていたいのかどうかわからなかったの」
「なんだそりゃ?」
「うん。知ってるでしょ、私、長い間入院してたの」
「知ってる」
綾香は、生まれてすぐに「胆道閉鎖症」だとかで手術をした。手術は成功したものの、経過はあまり良くなくて、その後も手術を繰り返した。結局、生まれてからずっと、綾香は入院を続けることになった。
それが、一昨年かな、なんでも画期的な治療法が見つかったとかで、綾香は全快した。
だから、おれと綾香が出会ったのは、病院の中だ。おれの祖母が長い間入院していて、おれは、母親に連れられていつも病院にいた。そして、その度に綾香の遊び相手になった。だから、おれたちは幼なじみ。
「他に方法はないんですか?」
言ってしまってから、ずいぶんと不思議な気がした。なぜ第一声が「他に方法はないんですか?」だったのか。たったひとりの娘がこれで助かるかもしれないってときに。
その日、病院から呼び出しを受けた。
また「緊急手術」かな。それが最初の感想だった。
ほとんど毎年のようにやっていると、そろそろ、「緊急」なんて言葉も切迫感が無くなってくる。
「生体肝移植という方法があります」
「生体肝移植……ですか?」
「はい」
「えっと、その、他に……他に方法はないんですか?」
「最善の方法だと思います」
記憶を反芻してみる。胆道閉鎖症で生まれてからずっと入院中の娘を抱える親としては、一昨年のニュースを忘れてはいない。日本で最初の生体肝移植が島根医科大学で実施された。それを聞いて、ずいぶんと大仰な気がした。綾香の病気のことは分かっているつもりだったのに、綾香は、そうまでするほどの大病じゃない――と思っていたかったのだ。
「最近始まったばかりの手術で、まだ不安定な要素はありますが国内の実施例も二十件を越えましたし、実績のある病院にお願いすれば、お嬢さんの病気も完治するところまでいくかもしれません」
「危なくは……ないんですね?」
「成功率は八十パーセントくらいだということです」
「八割ですか。その……どうなんでしょうか、今のまま、そりゃ、毎年の手術はつらいと思いますが、今のままの治療を続けていたら、その、ずっとこのまま生きていられるということには……」
「お嬢さんの肝臓は限界に来ています。正直なところ十歳からこっちは、綱渡りに近い状態です」
「今のままでも危ないんですね?」
「このままずっと今の監視状態を続けたら……あるいは、無事に過ごせるかもしれません。もちろん、少しでも様態が悪くなったら手術の必要はあります」
病院から出て普通に暮らす。
そうだった、綾香が生まれてからの、かれこれ十四年は、確かに普通の生活ではなかった。
生後三週間で、黄疸が引かないからと精密検査。結局、胆道閉鎖症という病気。綾香は生後二ヶ月で最初の手術をした。「生後六十日以内に手術を行わなければ重大な障害が起こる可能性があります」「手術後も継続的な治療が必要です」
まだ母親――妻の体力も充分には回復していないのに、娘は手術をしなければならなかった。
ただでさえ、授乳とおしめ替えに追いまくられる時期に、術後のあれこれまでを、まかなわなければならなかった。しかも、それからほとんど毎年、ひどい時には年二回の「緊急手術」まで受けなければならなかった。
それにしても――と、私は思う。
普通でない生活も十四年続けば、それは普通の生活になってしまうのだと。
綾香の場合、運が良かった。本当に運が良かった
。
私自身、給料は安いものの綾香や、時には妻の看病をするだけの時間のとれる職場を見つけることができた。親族、とりわけ綾香の祖父母が比較的若く、また健康であった。 その他にもたくさんの援助をもらうことができた。
だから、私たちは幸運にも十四年間の闘病生活を続けることができたのだと思う。
それでも、十四年間続いた生活は、私たち一家にとって普通の生活になってしまったのだった。
だから、余計恐いのかもしれない。「綾香は、『生体肝移植』をしなければ助からないような重病なのだ」と認めてしまうのが。
「綾香」
「なに? お父さん」
「今日はね、良いニュースを持ってきたよ」
「良いニュースって?」
「綾香の病気が治るんだよ」
「どうして? それって、ひょっとして……」
「なんだい?」
「生体肝移植?」
「知ってたのか」
「ニュースでやってたから、前に」
「ああ」
「でも、できるの?」
「先生はできるとおっしゃっていた」
綾香は不安そうにしていた。何といっても大手術であるには違いない。
「綾香、手術を受けるだろう」
「肝臓は……お父さんがくれるの」
「そうなると思うよ」
「……」
「こわいかい?」
「うん。ちょっと……」
「大丈夫。もう二十人も手術をしたんだってさ」
「うん。大丈夫だと思う……でも、やっぱり恐い」
手術をしたら治る? と、綾香は尋ねた。
私は、「成功率八十パーセント」を言うのをちょっと迷ったけれど、それも含めて綾香に話した。あと、綾香の肝臓は、かなり疲れているらしいとも。
「治ったら病院に来なくても良い?」
「来なくちゃいけないかもしれないけど、入院はしなくても良いよ、きっと」
「そうよね」
「綾香は、病気を治してこれまで知らなかった色々な楽しいことを見つけるんだよ」
「いろんな楽しいことって? 病院も楽しいよ。たくちゃんもいてくれるし」
「たくちゃん? ああ、巧君のことか」
病院でよく見かける子で、歳が近いせいか綾香には随分と良くしてくれる。
「でも、巧君のほかにもいろんな人と会って、いろんな事ができるようになるよ」
「いろんなこと?」
なんだかピンと来ない様子の綾香を見ていて、私は突然に気づいた。そう、綾香が産まれるまでは普通の生活をしていたはずの私ですら、病気の治った綾香を即座には想像できなかった。綾香はもともと病院のことしか知らないのだ。
病気が治ればなんでもできるよ――そういうけれど、そもそも病院の外で何ができるのか、綾香は十四になるまで何も知らずに育った。
やっぱり普通じゃない、綾香の十四年間は。私ははっきり感じることができた。
治さなくてはいけない、何としても綾香を。
夜十時になってもバス事故の調査が終わらなくて、おれたちは、相変わらず病院に足止めされていた。
「私ね、結局十四まで入院してたんだよ」
「知ってるって」
「うん。でね、十四になるまでね、まさか病院の外で暮らすことがあるなんて思ってもみなかった」
「そんなものか」
「だって、今度はいつ手術するのかな、なんてそればっかり考えてたんだもの」
「ふうん」
「だからね……うん、なんだか怒られそうなんだけどね、私、治っちゃって、正直困ったの」
「困った?」
「おめでとう。あなたの病気は全快しました。これからはあなたの人生を自由に楽しんでください――って、みんなが言ってくれるわけ」
「そのとおりだと思うけど」
「うん。でもね、考えても見て。生まれてからずっと、今度はいつ手術するのかなって、そればっかり……っていうか、他のことは何も考えたことがなかったのに、いきなり、もう明日から手術のことは考えなくてもいいですよ、他のことを考えてね……って、そういわれても困ってしまう」
「そうかな」
「うーん。そう、たとえばね巧、『あなたは大富豪の息子でした。あなたは明日からアメリカに行ってください。日本の学校も宿題も全部忘れて、大富豪の家で自由な生活を楽しんでください』なんて言われたらちょっと困るでしょう? 単純に、なに不自由なく暮らせるからそっちのほうがいい――ってなものじゃないわ、きっと」
「相変わらずむちゃくちゃな話をする奴だな」
「だから、例えばの話でしょ――っで、困るでしょう」
「困る――かな。ま、明日からって言われたら、それは、ちょっと困るな」
「それに、なに不自由なくって、何が出来るのか、どんな暮らしなのか想像できる?」
「想像はできないな。『裕福な暮らし』なんてしたことないし」
「うん。病気が治って普通の暮らしって、私にしてみたら、『明日からアメリカに行ってください』みたいなものだもの、病気が治るのは嬉しいけど、全然イメージできなかった」
「でも、条件付きなら考えるな」
「条件……って?」
「アメリカで綾香と一緒に暮らせるとか」
「ちょっと、何関係ないこと言ってるの」
「あ、だから、冗談だって」
「冗談ってね――でも、どうして?」
「どうしてって、冷静に聞くか? まあ、ま、綾香には限らないけど、誰かと一緒なら、ま、その、なんというか、新しい場所でもな、その、だから、一緒に新しい生活をだな、ま、そういうことだ」
「答えになってない。あ、そうか、でも私にとってはあの頃の巧は『病院の子』だったものね。外の世界にも巧がいるなんて考えなかった。巧がいたなら一緒に普通の生活しても良いと思ったかもね」
「なんか、とんでもないこと言ってないか、綾香?」
「そう? だって、言いだしっぺは、巧だもん」
「がんばってな……」
正夫さんに見送られて、私は分娩室に入った。もう少しで産まれる、綾香――私の赤ちゃん。
まだ産まれてないんだけれど、あなたの名前は綾香。綾織の「綾」。たくさんの糸がおりあわさって綾なす光の美しさ。あなたは、いろんな人と生きて、いろんな人の人生のなかで、あなたの人生が輝くようにって、正夫さんはそう言ってあなたの名前を付けた。
陣痛が始まる。何度目だろう。看護婦さんが少し心配そうにしてくれる。
「がんばってね。赤ちゃんも、産まれてこようとがんばってますからね」
そう。元気に生まれてきてね。うん。大丈夫よね、こんなに、産まれたい外に出たいって、綾香も思っているんだもの。
ちょっと安心する。
正夫さんとの出会いも、結婚生活も、どう考えてもドラマになるようなものではなかった。小さな喧嘩もあった。けど、このままずっと一緒にいられるんだって感じていた。
私のことを心配してくれる人がいて、時々は、私のほうが心配しなきゃならないこともあって、でも、そういうのもいいなって、そう思っていた。
だからね、綾香。家族に加わって欲しかった、あたなに。
そうして、あなたも、あなたの人生をきっと歩いてくれると思った。いろんな人たちと一緒に、心配したり心配かけたりを、うれしかったり悲しかったりを繰り返して。
陣痛。
痛い。あなたが産まれたがっているのがわかる。
綾香が初めておなかを蹴った夜。あなたの存在を本当に実感した。
正直言うとね、それまで、なんだか実感がなかった。病院に行ってエコーを見れば、ちゃんと赤ちゃんの姿が浮かんでいたし、あなたの心臓の音なんかも聞かせてもらった。だから、もちろんちゃんとわかってはいた、私のおなかには赤ちゃんがいる。
でも、あなたが私の中で生きているんだって感じたのはその時だったのだと思う。
「妊娠中毒症の疑いがあります」なんていわれて、夫婦して大騒ぎをした夜もあった。
ちょっとパニックだった。私のせいであなたがちゃんと産まれてこられなかったらどうしようなんて、本気で考えてしまったりしてね。
あなたが女の子だと聞かされた時、私は産まれてくるあなたのことを思った。
食事の支度を手伝ってくれる? 新しい洋服を着るとつかさず鏡の前に走って行ったりする? 「やっぱり女の子だね」そう言ってみんながあなたに微笑みかける。
女の子にふさわしそうなしぐさ。そんなあなたを思った。
そうして、ひょっとしたら、あなたは違う人生を選ぶかもしれないけれど、いつか、こうしてあなたの子どものことを思うのだろうと。
陣痛。
とんでもなく痛い。
看護婦さんが何か短く叫んで、次の瞬間、綾香、私はあなたの初めての泣き声を聞いた。
バス事故の調査が終わったのは、結局夜の十一時を過ぎた頃だった。その後やっとのことで帰っては来たものの、おれは眠れなくて綾香に電話をかけた。
「どうしたの?」
「ああ、聞き忘れたと思って」
「なに?」
「ああ、結局事故にあってどうして嬉しいなんて事があるのかって」
「気になる?」
「気になる!」
綾香は言った。
だって、病気が治ってからこっち、私は随分とふわふわした存在だったから……。
自分の人生ね……自由に生きていいの。でも、何をどうしたらいいわけ。何ができるんだろうか。そう思って、結局何も知らないのに本当に生きていたいのかな……って、自分でも良く分からなかった。
でも、今日、事故にあった時に、本当にこわいと思った。このまま死んじゃうのかと思って、こんなところで死んじゃうなんて本当に嫌だなって思った。
だって、まだ、両親にお別れ言ってないし、そうそう、巧、あなたにもお別れ言ってないし、あれ? そういうことなのかな? ちょっと違うな。でも、そんな感じ。いいやなんでも。とにかくこんな所で死にたくなんかない、もっと生きていたい。そう思ったの。
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「生きていたい?」
「そう、生きていたい。こんなところで死ぬなんて絶対やだってね。私生きてるし、巧がいるし、もっともっと生きてやるんだってね」
「よかったじゃない、病気直って」
「うん。私やっぱり生きていたいんだもの」
十四のとき、綾香は京都で手術をした。
「たいへんな手術だったんだってな」
「うん。話してなかったっけ? 生体肝移植」
「生体肝移植? あの、生体肝移植?」
「そう。お父さんの肝臓もらったの、少し。日本ではちょうど三十番目だったんだって」
「知らなかった」
「そうよね。三十番目くらいだと、ニュースにもならなかったし」
「ふうん」
「っていうか、もう緊急手術繰り返して身体のほうごまかすのも限界で、生体肝移植が二十例越えて、そろそろ大丈夫じゃないかってんで、手術に踏み切ったの」
「ふうん」
「百三十五人なのよね」
「なに?」
「胆道閉鎖症。一万人にひとりだって。でね、ちょっと調べたことがあるの。私と同じ年に生まれた赤ん坊が百三十五万人で、だから、百三十五人」
「うん」
「どうしたんだろうね。助かったのかなみんな。死んじゃったのかな。私だけ助かったりして申し訳ないな……なんてね、思う事もあった」
「申し訳ないなんてことない。それに、綾香は生きてなきゃいけない」
「どうして?」
「理由なんかない、綾香にはおれの隣で、ずっと生きていて欲しい」
「理由がないって……」
「綾香に生きていて欲しいからっていうほかに、理由なんかない。生きていて欲しいんだから生きていて欲しい」
「それって……ありがとう」
生まれて初めてのコンサート。それも、演奏するほうなんだからね。
すべての間違いは二年前のバス事故の日からって気がする。うん。「間違い」はちょっとひどいかな。
とにかく、今、私は初めてのコンサートでフルートを吹いている。しかも、この曲の中ほどには私のソロがあったりして少々落ち着かない。もっとも、私だけがソロをやるほど上手いわけじゃなくて、ソロパートはみなさん均等にあったりするのだけどね。
で、客席には巧がいる。暗くて分からないけどいてくれるはず。
二年前のバス事故の夜。あれは告白ってものだったんだろうか。巧ったら、妙に気になることを言ってくれた。で、私もなんだか妙に意識してしまった。で、フルート吹きたいなと思った。
我ながら、理論が飛躍している。
あの夜、巧からの電話が切れて私はしばらくぼうっとしていた。
その時、なんだかわかったような気がした。とても簡単なこと。「私だって、巧に生きていて、生き続けていて欲しい」それだけのこと。
そうして、事故なんかなくても本当は分かっていたはず。私だって、巧の隣でずっと生きていきたい。
脈絡もなく思い出した。かすかなメロディ。病院にいた時、夕暮れ頃にいつも聞こえてきた、かすかな笛のメロディ。誰が吹いているのか見当もつかなかったけれど、確かに私は夕暮れのメロディを聞いていた。結構楽しみにしていたような気がする。
それを思い出して、自分でも笛を吹いてみたくなった。フルートかな――って思って、近所でやっていた、吹奏楽の楽団に入った。
フルートとの相性は良かったようで、私としてもお気に入りになった。フルートが楽しい、そして吹奏楽が楽しい。
フルートが好きで、吹奏楽が好きで、そして誰かに聞いて欲しいなとそう思うようになって、やがて、「誰か」は、私の中で巧のはっきりした印象を伴い始めた。
「あの、これ」
「何だ、改まって」
「今度のコンサートのチケットよ」
「売りつけようってのか」
「デリカシーまるっきりないわね」
「は?」
「プレゼントよ、プレゼント」
「は?」
「だから、その、聞きに来て」
「あ、ああ、い、行く」
で、どちらもちょっと拍子抜けして、その後今度は大笑いしたのだっけ。
まあ、巧とはそれまでも、それなりにいろいろあったのだけどね。
でも、知らなかった。
自分の演奏を、自分で楽しむだけじゃなくて、誰かに聞いてもらいたくなるなんて。で、巧は巧で、バスケットボールの試合を見に来ないかなんて誘ってくれた。今は、私としても巧がプレーをしてるのを、いつもと違う巧を、見たいなと思う。
やっぱり生きているのは良いことなんだと思う。
巧のことが好きなのは、素敵なことだと思う、フルートが好きなのは素敵なことだと思う。そして、他の誰かや、音楽や、景色や、自分の生活が好きなのは素敵なことだと思う。
病院には巧がいて、看護婦さんがいて、お医者様がいて、そうして、退院したら吹奏楽の仲間がいて、フルートがあって音楽があって、やっぱり巧がいてくれて。
私が生きていたいと思うのは、全部ひっくるめてこの世界が好きだって、そういうことなんだと思う。
そう、私、生きていたい。この世界全部が好きだから。
私のソロが始まる。
客席の巧のこと。病院で聞いたかすかなメロディのこと。そうして、楽団の仲間や、病院で出会った人たちや、そうして、まだ出会ったことのない、きっと素敵な人たちのことを思って、私はフルートに息を注いだ。
Fin.